書きだめしている。
俺と似たやつは是非気をつけてほしいと思ってスレを立てた。
俺は授業をまともに聞かない、外面だけ真面目な馬鹿。
ただ、学校のテストはレベルが低く一夜漬けで暗記すればどうにかなったから、学内での成績だけはそこそこよかった。
だから指定校推薦を受けられ、身の丈に合わない私立大学へ合格できた。
「俺たちの学力では本来こんな大学に行けやしない、入って必ず苦労するから専攻分野の基礎の勉強くらいはしておけ。」とOBに忠告された。ちなみに専攻は工学系。
参考書はAmazonでレビューの高いやつを吟味して買ったが、1週間ももたなかった。
友達が家に来た時だけ参考書を机に広げ、勉強していますアピールをした。そんな感じで高校を卒業した。
大学1年生 入学式〜1週間
まだ講義がはじまっておらず、色んなサークルが新歓コンパを開く時期。
酒デビューで興奮した。他の学科の同級生とたくさん連絡先を交換し、これが大学生かと酔いしれながら今後の4年間に期待した。そしてついに講義が始まる。
講義1回目はレクリエーションばかりで楽だったが、2回目の講義でさっそく俺はつまづいた。
英語の講義なんだが、教授が一人ずつ当てて答えさせる形式だ。
俺は英語が大嫌いで今まで逃げてきた、おそらく中学生レベルの英語ですら戸惑うだろう。
当てられても何も答えられず、大学生にとって簡単な問題すら訳がわからなかった。
この教授が厳しい人で、俺が答えられるまで座らせてくれなかったが、わからないものはわからないので俺は無言を貫いた。周りはざわつき、教授もさすがに呆れてスルーしてくれた。
長い90分が終わり、さっそく気分は沈んだ。
そんなとき、俺の肩を叩いて声をかけてくれた生徒がいた。
その生徒は、俺と同じように推薦で入った子だった。彼は席が端だったため講義中に当てられずにすんでいた。
仲間がいて本当に安心した。あの講義で恥をかいたが、これをきっかけに似た者が俺のところに寄って来てくれた。
それから、うちの学科では講義を受けるためのグループが自然と出来始めていた。
俺は、声をかけてくれた例の子がいるグループに入りこんだ。講義中は一番後ろの席に固まった。
ちなみに最前列から順に、勉強ができる真面目グループ、輪に入るのが苦手そうなボッチや陰キャ。少ない女子は真ん中あたりの席に固まっていた。
ちなみに、自分達の隣にはチャラ男グループがいた。
専攻科目の講義は聞いても訳がわからなかった。
「難しすぎて何もわからねぇわw」と笑っているグループ内に便乗していた。
俺のグループはみんな不真面目な方で、講義中はスマホに集中しているやつが多かった。外面だけ真面目な俺は周りや教授の目を気にしてスマホをいじらなかったものの、講義を聞いているふりをしながらレジュメに落書きをして過ごした。
私語が多い隣のチャラ男グループを見下し、教授がそのグループを注意したときは密かにテンションがあがっていた。
大学初のゴールデンウィークは一旦帰省し、同級生や後輩に俺の大物感をアピールした。俺の母校レベルからすればかなり良い大学だからだ。
そして休み明けから講義に来なくなる人が増え始めた。
外面だけ真面目な俺は講義には出席し、来ていないやつを見下しながらレジュメに落書きをしていた。ちなみに例の英語の講義は履中した。というか講義中に名指しで当てられる科目は全て履中した。
そして大学生初めてのテスト期間、俺のグループLINEはテストの会話でいっぱいだった。
「レジュメ持ってないから誰かコピーさせてくれ」「●●の講義の過去問を手に入れた」等
ちなみに出席率だけ高かった俺は、グループ内にレジュメをコピーして渡していた。俺は誰かに必要とされている感じが嬉しかった。
ボッチと違って俺には仲間がいるし、過去問も手に入ったし、テストは乗り越えられるだろうと考えていた。
が、甘かった。
過去問の内容がそのままでると考えていた俺は絶望した。ほとんどのテストは少し問題が変わって出た。当たり前といえば当たり前だが。
学力の基礎がボロボロの俺にとって、ちょっと問題を変えられただけでギブアップだ。
さらに絶望したのは、同じグループのやつらは普通に解いていたことだ。
「過去問あったから余裕だったw」「評価Aはあるはず」
グループ内のそんな会話に耳をふさいだ。
全てのテストが終わり、夏休みに入ったのでまた帰省した。この期間は嫌なことも全て忘れられ、思う存分に現実逃避した。しかし秋学期に入る前に通知が届いた。
それは、春学科の講義を落としすぎて、このままでは危ないという警告だった。
この通知が親にも届くらしく、親から心配の電話が来たときは心臓の鼓動がやばかった。
ちなみに必修科目は10単位落としていた。
グループLINEで「単位を落としすぎてヤバイ」と発言したやつに安堵したが、そいつですら落としたのは6単位だった。
それから秋学期に入り、俺はいてもいなくても問題ない空気ポジションとなった。具体的にいうと、セルフ学食を食いに行った時に俺の会計が済んでないのにみんな先に飯を食っていた事。
他のやつが会計しているときはちゃんと待ってくれているのに。
そんなポジションだから、一つ発言するにも「こんな発言して大丈夫だろうか?」などいちいち考えた。
それでも俺は相変わらず講義中は、レジュメに落書きをしながらすごした。
出席率が悪い講義では、相変わらず周りを見下していた。
グループ内でも講義に来ないやつが増え始め、そいつらに代理出席を頼まれたときは頼りにされていることが嬉しかった。
そして秋学期の講義も最後になり、大学一年最後のテスト期間に入った。
そんな中、グループ内で発言力を持つやつがお泊まり勉強会を提案してきた。
俺はグループ内で空気だったので、すごくワクワクした。
そして6人のお泊まり勉強会が始まった。
勉強会が始まったのはテスト前日の夜だ。
みんな俺と同じように一夜漬けで今までを乗り越えていたらしい。
最初の1〜2時間は勉強なんてそっちのけで、スマホゲームや雑談でざわついていた。そんな空気を楽しんでいたが、途中俺はショックを受けた。グループ内で夏休みに旅行へ行っていたらしく、みんなその会話で盛り上がっていたのだ。無論俺は誘われていない。が、空気ポジションの俺はそれを聞きながら一緒に笑うしかできなかった。
結局4人くらいは寝てしまい、俺ともう1人だけ起きていた。
俺は彼にわからないところを聞いたが、それがあまりにも低レベルな質問だったらしく「え?そこがわからないの?」と苦笑いされた。
俺はその一言で一気にメンタルをやられ、それから何個もわからないところがあったものの聞くことができなかった。
そしてテストも全て終わった。
お泊まり勉強会で勉強したテストだが、俺以外の寝ていたやつですら単位が取れていたのに、俺だけは落とした。
結果、秋学期の必修科目すらほとんど落とした。
再び例の通知が届き、親からは再度心配の電話がかかった。俺はまた冷や汗と動悸に襲われた。
このままでは留年してしまう!
そう思い、大学二年の春は図書館にこもったが、大学レベルの工学科目はもはや1人ではどうしようもできなかった。
しかし、外面だけ真面目な俺は必死に勉強してるふりをし、周りの連中からみると俺は真面目な優等生にだろうな、なんてバカなことをまだ考えていた。
こうして無駄に時間を潰すだけの図書館ライフは続き、二年生の春学期も終わりを迎えかけていた。二年生の講義にも当然ついていけず、一年生のときに落とした必修科目もとりなおさなければならない。
留年の未来しか見えず泣きそうになりながら、図書館で時間をつぶしていた。
そんな中、ようやく俺にも転機が訪れた。
いつものように図書館で時間をつぶそうとしたら、1人で勉強をしている同じ学科の子がいた。
その子は成績は優秀なのだが、どのグループにも入れていないボッチだった。
(以後、彼のことはボッチと呼ぶ。)
俺はボッチに勇気を出して声をかけた。
そのボッチはテストの情報を0で頑張っていたらしく、過去問をあげたら非常に喜んでくれた。
俺はこれをチャンスだと思い、持っている過去問を全てあげるかわりに勉強を教えてくれとお願いした。
ボッチは快諾してくれた。
わからないところをひたすら聞いた。
お泊まり勉強会で低レベルな質問に苦笑いをした子と同じような反応をされたが、俺は冷や汗をかきながらもわからないところを聞いた。
「他人に教えることで自分がより深く理解できる」とボッチが呟いたので安心した。
そしてどうにか理解が追いつき、最低な成績ではあるものの再履修の単位を全て取れた。
総合単位数でみると留年の危機はあまり変わっておらず、例の通知は相変わらず来たが、
だが必修科目は昨年と比べて取れているほうなので、少し気がマシになった。
それから俺はボッチとある程度話せる仲になった。
もし勉強を教えられなくなったら困るので、相手の機嫌を損ねないよう上手いことおだてながら過ごした。なんだかんだ二年の秋学期もボッチのおかげで単位をとれ、ようやく例の通知が来なくなった。
この時は本当に喜び、ようやくまともな大学人生を送れるんじゃないかと考えた。
思えば俺は大学のなかに友達と呼べる友達はいない。一年の秋学期まで実はサークルに入っていたが、数年後に留年して白い目で見られるのが嫌だという理由でやめてしまったのだ。
家に帰ってすることは寝るかまとめサイトを見るくらいだ。
趣味は特になく、テレビも特に見ないからグループ内での流行ネタもわからない。
周りのリア充たちが羨ましくて仕方がなかった。
俺が見下していたチャラ男グループもなんだかんだ単位はとっているようだし、全てにおいて劣等感だった。
そして俺は三年生になった。
大学人生を少しでも豊かにしようとコンビニでバイトを始めた。
ちなみに今までもバイトをしようとは思っていたが、バイトのせいで単位を落とすのが嫌でしなかった。(してもしなくても一緒だろうけど。)
外面だけ真面目な俺は店長やパートのおばちゃんからも気に入られ心地よかった。人手が足りない時はすぐにシフトを入れた。
バイトのおかげで自由に使える金が増えたが、趣味は特にないからコンビニなんかのくだらない買い物に消えていった。
ボッチのおかげで相変わらず単位はどうにかなり、そんな感じで三年生は終わりかけていた。
理工学部の人たちならわかるとは思うが、最終学年は研究室に配属される。
俺もそろそろ研究室配属について考えなければならない時期が来ており、ライングループでは研究室の会話が増え始めた。
俺のグループは不真面目が多いから、楽な研究室に行きたがる奴ばかりだった。
ちなみに研究室配属は成績が優秀な奴を優先にとってもらえるから、俺は論外だった。
俺のように底辺な成績な奴は、教授たちが抽選で選ぶ仕組みになっているらしく、ほぼ運任せだ。
なんと俺は抽選で一番楽な研究室に配属が決まった。
ここで一生分の運を使い果たしてしまったのでは無いかと思った。
四年生は就活の時期でもある。
工学系は院に行く奴が大半だが、俺にはそんな学力があるわけなく、就活の方向で考えていた。
単位を落としてきたせいで、四年生でもフル単位を入れなければならなかったが、研究テーマを後回しにしても問題ないくらいには楽なところだったのだ。
就活と単位を並行するのはかなりきつかったが...
結論から言うと、ホワイトじゃない企業とはいえ、就職活動を無事終えることができた。
そして単位もボッチのおかげで無事全て取れて、クソみたいな研究テーマを大勢の前で発表し、聴衆者からは白い目や失笑をされながらも発表会を乗り切った。
俺は何とかギリギリ卒業することができた。
ボッチと仲良くなれたこと、楽な研究室に配属できたこと。
全ては運とタイミングのおかげで、何とか大学を卒業できた。
もう2度と大学生には戻りたくない。
社会人も4年目になるが、未だに留年の夢を見る。
ボッチとは最後まで仲良くなったが、プライベートまで関わる間柄ではないから、卒業後も疎遠になった。
俺にとってなんの4年間だったんだろう。
無駄に「◎大学卒」と肩書きだけはいいが、それに似合う自信も何もない。
自尊心は皆無だし、社会人になってからも何かに怯え続ける毎日を過ごしている。
とはいえ、指定校推薦で大学に行ってなければ、俺はどんな未来を歩んでいたのか...見当すらつかない。
一つだけ言えるのは、身の丈に合わない学力で大学に行くと、入ってからも苦労するということ。
高校生までに必死こいて勉強していたやつを尊敬する。
そんなこともせずに大学卒業という肩書きを得られた俺はそれだけでラッキーなのかもしれない。
基礎学力のないやつが大学(ましてや理工学部)に行くことは決してお勧めしない。
長々と聞いてくれて本当にありがとう。
>>30
耳が痛いと言いつつも、これを面白いと取れる貴方は人生を楽しんでると思います。最後まで聞いてくれてありがとう。 推薦じゃなかったらもっと痛い目に遭ってたかもしれないよ
面白かったけどこの板にそのアドバイスが役に立つ奴はもういないんだわ…
多かれ少なかれ大生民ちゃんには似た経験ありそう
>真面目ぶってチャラ男見下し、でも気が付けば劣等生に
>>34
偏差値37.5の明快とかいう大学の歯学部に4浪してやっとこ合格したものの、単に未取得で1度も進級できずに1年生を3度やって中退して、今現在38歳で無職で呑気に英検浪人なんぞをしてる奴どう思う?
「そんなやついるわけ…」と思うかも知れないけど実在する人物です >>41
1留目
パパ「経営が苦しいんだ……」
しげ「女の子いますか?」
↓
2留目
パパ「このクリニックは私の全てといってもいい」
しげ「首席いる?」
↓
3留目
パパ「長年助けてくれた助手や事務にも給料を払えなくなってしまった」
しげ「ルックスはよく言われます。小栗旬やらフルポン村上やら言われます」
↓
最終年
パパ「このクリニックは銀行から2,000万円の融資を受けて、その他にも借金してやっと始めたんだ」
しげ「カミーユ、momijl、モンブランその他CAT'S EYE女性陣お話しましょ」シコシコ
↓
中退手続されて金沢へ強制送還 >>33
自尊心は皆無だし、社会人になってからも何かに怯え続ける毎日を過ごしている。
文系だけどここは全く同じだわ