クジラは炭素の循環を通じて海の環境や気候変動にとって重要な役割を果たしていますが、捕鯨などの影響により全体的な数が減少しつつあります。そんなクジラの排せつ物を模した人工肥料を散布し、海が蓄えられる二酸化炭素を増やして生態系の崩壊や気候変動を食い止めようというプロジェクトが、オーストラリアの非営利法人「WhaleX財団」や国際プロジェクトによって進められています。
多くの種のクジラは獲物が豊富な深海でエサをとりますが、水圧が高い深海では排せつができないため、海面に浮上して用を足します。これにより、栄養が不足しがちな海域に鉄分、窒素、リンなどの栄養素が安定供給されます。
特に重要なのが、海面付近に降り注ぐ太陽光がクジラのふんに当たった際に、食物連鎖の基盤となる植物プランクトンが大量発生することです。
イギリス・ケンブリッジ大学の化学者であるデイビッド・キング氏は「クジラのふんの影響は非常に急速に発生します。クジラが海面に現れてから3~4日後には、数千平方キロメートルの範囲に広大な海の緑地帯が出現するのです」と話しました。
アラスカ大学サウスイースト校の海洋生物学者のハイディ・ピアソン氏によると、クジラのふんで濁った海水である「栄養プルーム」には通常の3~7倍の栄養分が含まれているとのこと。これによって大量発生した植物プランクトンは、光合成を行って自動車480万台分に相当する年間約2200万トンの二酸化炭素を吸収し、その死骸が海の底に沈むことで炭素が長期にわたって海に閉じ込められます。
しかし、過去の産業捕鯨によりクジラの総数は以前よりはるかに少なくなっています。このことは、海面近くでふんをするクジラが減少し、栄養循環が滞って、海が蓄えられる炭素の量が減ることを意味します。
こうした現状を変えようと、WhaleX財団はクジラの排せつ物を人工的に合成する取り組みを進めています。この「合成クジラふん便」の主成分は窒素分で、リンやシリカ、鉄などの微量元素も含まれており、海に散布した場合の機能も本物そっくりになることを目指して開発が進められています。
WhaleX財団の海洋学者であるエドウィナ・タナー氏らのチームは、2021年にクジラ1頭のプルームに相当する偽排せつ物80ガロン(約363リットル)をオーストラリアの東海岸沖に散布する実験を行いました。しかし、成分が分散してしまったため植物プランクトンがどれだけ増えたかを正確に測定することができませんでした。
そこで、タナー氏らが2025年初頭に行う次のテストでは、「バイオポッド」と呼ばれる容器を2~3個使用し、これを使ってクジラ5頭分に相当する偽排せつ物を散布する予定です。このバイオポッドは栄養分を海面にとどめておく役割を果たすほか、ポッド内で植物プランクトンを増殖させることで、吸収された二酸化炭素の量も正確に計測できるとのこと。
WhaleX財団の最終目標は、「デッドゾーン」や「海の砂漠」とも呼ばれている栄養分が乏しい海域300カ所に偽排せつ物を散布し、年間15億トンの二酸化炭素を除去することです。
クジラのふんを人工的に再現しようとしているプロジェクトは、WhaleXだけではありません。ケンブリッジ大学のキング氏が率いる国際海洋バイオマス再生プロジェクトでは、焼いたもみ殻をまぜた栄養豊富な粉を海面に散布するアプローチを採用しています。栄養液ではなく粉末を使うのは、栄養分をなるべく長く海面にとどめておくためです。
