天皇崇拝および日本崇拝(忠君愛国教)は、その日本の新しき宗教であって、もちろん自発的に発生した現象ではない。
二十世紀の忠君愛国という日本の宗教は、まったく新たなものである。
一般の人民はなおも仏教に対して愛情を抱いていたし、一般の祭礼も仏式であり、死者を葬るところも仏寺であった。
しかし支配階級はこのすべてを変えようとした。天皇は太陽女神の直系の子孫であり、彼自身は地上の生き神
(現神 あきつかみ)であって、自分の臣民に対して絶対的な忠誠を当然に要求できるものである、という神道の教義を
主張した。
神話と古代史と称するものが同一の書物に記載され、どちらにも同じようにありうるべからざる奇蹟が麗々しくでて
いる。年代記は明白に虚偽である。古代の天皇の口から出たという勅語は、中国の古典から抜粋した寄せ集めである。
日本国民は、その支配者の超自然的美徳にあやかるところがあって、『武士道』と称して、劣等の国々には知られて
いない高尚なる騎士道によって特に秀でていると主張している。
官僚階級があらん限りの力を用いて組み立てようとしている思想の構造は、以上のごとくものである。
『日本事物誌』バジル・ホール・チェンバレン
http://masterlow.net/?p=2012 3番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です2019/12/16(月) 23:19:16.16
鹿児島人が色々なエピソードを知っている
田舎のお地蔵様首がないお地蔵様があったなら
廃仏毀釈で打ち壊しにあったお地蔵様だから
日本特有の見えない聞こえないで
都合のいいように改変するいい例
ただのええじゃないかみたいなもんだ
廃仏毀釈なんかせんでも和風庭園とか盆栽とか江戸風なものは民衆は進んでぶっ壊してギャハハ新世紀じゃあ喚いて遊んでたのに
坊主はお布施集めて金に困ってる人に高利で貸してた
だから恨まれていたし、権力者の後ろ盾がなくなったタイミングで焼き討ちされて証文焼かれただけのこと
廃仏毀釈の号令を出した明治政府が京都御所にあった歴代天皇の位牌(笑)を
慌てて捨てたエピソードは有名w
奈良の永久寺は東大寺などにつぐナンバー4の待遇で西の日光ともよばれたけど潰された
江戸時代の寺は檀家の戸籍管理で儲けていたからな、既得権益を取り上げるのには潰すのが最適
何冊か本読んで「神仏分離の動乱」って本がいちばん面白かったな
仏教寄りだけどね
つか、だいたい廃仏毀釈について書いてる本は仏教側の人だけど
一番の廃仏毀釈は戦争時だろ
で一部の仏教教団があわてて、社会貢献活動をはじめた
明治政府が天皇の権力を純化させようとして神道と仏教を切り離したって話なだけ
本来は神仏習合で天皇は長らく仏教の代表者でもあったわけだ
>>19
そうじゃなきゃ天武天皇が大仏建てたりせんわなw 何やったらここまで恨まれて
仲間の政府に尻尾切りされるのか知りたいわ
天皇教をプロデュースしたら
ほんの数十年でみんなマジになっちゃって
結局あぼーん
102.名無しさん:2019年12月16日 23:31 ID:vUaS.e.40▼このコメントに返信
※99
お前その糞コメ何回目だよ?
103.名無しさん:2019年12月16日 23:31 ID:F1J2IU2o0▼このコメントに返信
コスパで言えば男が消極的になるのはわかる。ほかにもハラスメントだとか、年収とか、家事育児とか、男が消極的になる理由は何個か思いつく。
女が消極的なのはなんでだろうな?そっちはまるでわからないわ
あとは「廃仏毀釈百年」
これは書いたのが九州のお坊さんだったかな
たぶん出版社もあっち
鹿児島あたりはかなり激しかったみたいだけど、そのへん詳しかったと思う
102.名無しさん:2019年12月16日 23:31 ID:vUaS.e.40▼このコメントに返信
※99
お前その糞コメ何回目だよ?
103.名無しさん:2019年12月16日 23:31 ID:F1J2IU2o0▼このコメントに返信
コスパで言えば男が消極的になるのはわかる。ほかにもハラスメントだとか、年収とか、家事育児とか、男が消極的になる理由は何個か思いつく。
女が消極的なのはなんでだろうな?そっちはまるでわからないわ
102.名無しさん:2019年12月16日 23:31 ID:vUaS.e.40▼このコメントに返信
※99
お前その糞コメ何回目だよ?
103.名無しさん:2019年12月16日 23:31 ID:F1J2IU2o0▼このコメントに返信
コスパで言えば男が消極的になるのはわかる。ほかにもハラスメントだとか、年収とか、家事育児とか、男が消極的になる理由は何個か思いつく。
女が消極的なのはなんでだろうな?そっちはまるでわからないわ
102.名無しさん:2019年12月16日 23:31 ID:vUaS.e.40▼このコメントに返信
※99
お前その糞コメ何回目だよ?
103.名無しさん:2019年12月16日 23:31 ID:F1J2IU2o0▼このコメントに返信
コスパで言えば男が消極的になるのはわかる。ほかにもハラスメントだとか、年収とか、家事育児とか、男が消極的になる理由は何個か思いつく。
女が消極的なのはなんでだろうな?そっちはまるでわからないわ
>>22
幕府の監視機関だったから恨まれたのよ
金貸しもしてたし
美術品とかが海外に流出してるって事が分かって方向転換 10番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (アウアウウー Sa3b-pPZ8)2019/12/16(月) 23:29:22.01ID:Bki5CVkxa
ただのええじゃないかみたいなもんだ
廃仏毀釈なんかせんでも和風庭園とか盆栽とか江戸風なものは民衆は進んでぶっ壊してギャハハ新世紀じゃあ喚いて遊んでたのに
10番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (アウアウウー Sa3b-pPZ8)2019/12/16(月) 23:29:22.01ID:Bki5CVkxa
ただのええじゃないかみたいなもんだ
廃仏毀釈なんかせんでも和風庭園とか盆栽とか江戸風なものは民衆は進んでぶっ壊してギャハハ新世紀じゃあ喚いて遊んでたのに
541 名前:批判の質 ◆.U7VTGIbUkev 2019/12/16(月) 13:26:57.56 ID:fYio0Yno
ムチャヒディン君もさ、左翼も嫌いだけど悪質な女叩き等を繰り返しながら「俺たちは被害者だ!」って喚くオタクに呆れ果てて
左翼とオタクの板挟みになっておかしくなってしまったんやろ?
それで対立煽りまくるしかなくなったんやろ
分かるぞその気持ち
俺もずっとそういう状態になってたからな
あとヒディン君は農業系の板でTPPがどうとか書いてるのも見たからTPPで自民党に裏切られてキレてるのか?
541 名前:批判の質 ◆.U7VTGIbUkev 2019/12/16(月) 13:26:57.56 ID:fYio0Yno
ムチャヒディン君もさ、左翼も嫌いだけど悪質な女叩き等を繰り返しながら「俺たちは被害者だ!」って喚くオタクに呆れ果てて
左翼とオタクの板挟みになっておかしくなってしまったんやろ?
それで対立煽りまくるしかなくなったんやろ
分かるぞその気持ち
俺もずっとそういう状態になってたからな
あとヒディン君は農業系の板でTPPがどうとか書いてるのも見たからTPPで自民党に裏切られてキレてるのか?
541 名前:批判の質 ◆.U7VTGIbUkev 2019/12/16(月) 13:26:57.56 ID:fYio0Yno
ムチャヒディン君もさ、左翼も嫌いだけど悪質な女叩き等を繰り返しながら「俺たちは被害者だ!」って喚くオタクに呆れ果てて
左翼とオタクの板挟みになっておかしくなってしまったんやろ?
それで対立煽りまくるしかなくなったんやろ
分かるぞその気持ち
俺もずっとそういう状態になってたからな
あとヒディン君は農業系の板でTPPがどうとか書いてるのも見たからTPPで自民党に裏切られてキレてるのか?
>>22
中国で文革をやったように日本でも古来の宗教や文化が邪魔やったんや
権力を集中させる為 541 名前:批判の質 ◆.U7VTGIbUkev 2019/12/16(月) 13:26:57.56 ID:fYio0Yno
ムチャヒディン君もさ、左翼も嫌いだけど悪質な女叩き等を繰り返しながら「俺たちは被害者だ!」って喚くオタクに呆れ果てて
左翼とオタクの板挟みになっておかしくなってしまったんやろ?
それで対立煽りまくるしかなくなったんやろ
分かるぞその気持ち
俺もずっとそういう状態になってたからな
あとヒディン君は農業系の板でTPPがどうとか書いてるのも見たからTPPで自民党に裏切られてキレてるのか?
>>13
はいデマ
明治政府が出したのは神仏分離
廃仏毀釈運動した人物は何人も明治政府によって処刑されてます
なんで嘘を吐くのか、ただの無知なのかは知らないが妄想を軸に語らないように
廃仏毀釈運動は五人組とか税金とか管理監視機能を保ってた反発の方か圧倒的に多い 日本、アフガニスタン、イスラム国
テロリストに政権を乗っ取られた国では既存宗教の破壊が推奨される
明治政府が貴族にした人間は仏教僧侶>>>>神職
廃仏毀釈運動家は処刑したこと知らないんだな
この前の即位の時なカルト信者っぽいヤツが仏教を取り込んだから日本がおかしくなったんだ
伝統に立ち返った今が天皇が統べるあるべき日本だみたいなような事を言ってたよ
天智天皇以降の天皇否定してて面白かった
二重の極みスレになってると思ったのに
真面目に語っておるな(´・ω・`)
1 名前:マンセー名無しさん 2019/11/20(水) 10:44:00.00 ID:A4adtw2Z
弾劾された朴槿恵に代わり2017年5月9日に第19代新酋長に当選したムン・ジェイン
盧武鉉政権時代の身内で人事を強行し、板門店でついに黒電話とご対面
38度線周辺を散歩しながらUSBメモリを手渡したりと濃密な二人っきりの時間を過ごし
朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言を行うもノーベル平和賞は花札氏へ譲る気に
ここはそんな綱渡り中にフォークダンスを踊るような文酋長の研究スレです
1 名前:マンセー名無しさん 2019/11/20(水) 10:44:00.00 ID:A4adtw2Z
弾劾された朴槿恵に代わり2017年5月9日に第19代新酋長に当選したムン・ジェイン
盧武鉉政権時代の身内で人事を強行し、板門店でついに黒電話とご対面
38度線周辺を散歩しながらUSBメモリを手渡したりと濃密な二人っきりの時間を過ごし
朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言を行うもノーベル平和賞は花札氏へ譲る気に
ここはそんな綱渡り中にフォークダンスを踊るような文酋長の研究スレです
1 名前:マンセー名無しさん 2019/11/20(水) 10:44:00.00 ID:A4adtw2Z
弾劾された朴槿恵に代わり2017年5月9日に第19代新酋長に当選したムン・ジェイン
盧武鉉政権時代の身内で人事を強行し、板門店でついに黒電話とご対面
38度線周辺を散歩しながらUSBメモリを手渡したりと濃密な二人っきりの時間を過ごし
朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言を行うもノーベル平和賞は花札氏へ譲る気に
ここはそんな綱渡り中にフォークダンスを踊るような文酋長の研究スレです
まあ、あそこまで跳ね返る連中が出てくるとは政府も思ってなかったらしいね
国家神道って怖いね
1 名前:マンセー名無しさん 2019/11/20(水) 10:44:00.00 ID:A4adtw2Z
弾劾された朴槿恵に代わり2017年5月9日に第19代新酋長に当選したムン・ジェイン
盧武鉉政権時代の身内
38度線周辺を散歩しながらUSBメモリを手渡したりと濃密な二人っきりの時間を過ごし
朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言を行うもノーベル平和賞は花札氏へ譲る気に
ここはそんな綱渡り中にフォークダンスを踊るような文酋長の研究スレです
【国際】北朝鮮帰国事業60年 研究者に聞く 各国の思惑、客観的に検証を
2019年12月9日 夕刊
「地上の楽園」と喧伝(けんでん)され、北朝鮮に9万人を超える在日朝鮮人や
日本人配偶者が北朝鮮に渡った「帰国事業」の開始から、14日で60年になる。
帰国後の生活になじめず、苦しい生活を強いられた人も多いとされる。
帰国事業とは何だったのか。韓国出身で、事業に関連した政府や団体への調査、
外交資料などの研究を続けてきた津田塾大の朴正鎮(パクジョンジン)教授(政治学)に
聞いた。(聞き手・相坂穰、写真も)
−帰国事業の背景は。
一つは、北朝鮮が労働力として在日朝鮮人を必要としたとされる。
後年公開された内部資料で、日本政府も、生活保護費などの
財政負担も大きかった在日を厄介払いする狙いがあったことが分かっている。
ただ、日朝の思惑だけで、十万人近い規模の移住が可能だったとは考えない。
一九六〇年前後は、日米間の軍事協力を巡る安保闘争が激化した時期。
その中で、帰国事業は社会主義陣営の反安保闘争の側面があった。初期の帰国船として
ソ連の旧軍艦を改造した船が使われるなど、ソ連、中国の関与も大きかった。
帰国事業は、資本主義体制から社会主義体制への組織的な移住だったとみる。
【国際】北朝鮮帰国事業60年 研究者に聞く 各国の思惑、客観的に検証を
2019年12月9日 夕刊
「地上の楽園」と喧伝(けんでん)され、北朝鮮に9万人を超える在日朝鮮人や
日本人配偶者が北朝鮮に渡った「帰国事業」の開始から、14日で60年になる。
帰国後の生活になじめず、苦しい生活を強いられた人も多いとされる。
帰国事業とは何だったのか。韓国出身で、事業に関連した政府や団体への調査、
外交資料などの研究を続けてきた津田塾大の朴正鎮(パクジョンジン)教授(政治学)に
聞いた。(聞き手・相坂穰、写真も)
−帰国事業の背景は。
一つは、北朝鮮が労働力として在日朝鮮人を必要としたとされる。
後年公開された内部資料で、日本政府も、生活保護費などの
財政負担も大きかった在日を厄介払いする狙いがあったことが分かっている。
ただ、日朝の思惑だけで、十万人近い規模の移住が可能だったとは考えない。
一九六〇年前後は、日米間の軍事協力を巡る安保闘争が激化した時期。
その中で、帰国事業は社会主義陣営の反安保闘争の側面があった。初期の帰国船として
ソ連の旧軍艦を改造した船が使われるなど、ソ連、中国の関与も大きかった。
帰国事業は、資本主義体制から社会主義体制への組織的な移住だったとみる。
うちの菩提寺と同じ名前の神社があるのがガキの頃は不思議だったなそれが神仏習合の名残だと知って合点がいった
【国際】北朝鮮帰国事業60年 研究者に聞く 各国の思惑、客観的に検証を
2019年12月9日 夕刊
「地上の楽園」と喧伝(けんでん)され、北朝鮮に9万人を超える在日朝鮮人や
日本人配偶者が北朝鮮に渡った「帰国事業」の開始から、14日で60年になる。
帰国後の生活になじめず、苦しい生活を強いられた人も多いとされる。
帰国事業とは何だったのか。韓国出身で、事業に関連した政府や団体への調査、
外交資料などの研究を続けてきた津田塾大の朴正鎮(パクジョンジン)教授(政治学)に
聞いた。(聞き手・相坂穰、写真も)
−帰国事業の背景は。
一つは、北朝鮮が労働力として在日朝鮮人を必要としたとされる。
後年公開された内部資料で、日本政府も、生活保護費などの
財政負担も大きかった在日を厄介払いする狙いがあったことが分かっている。
ただ、日朝の思惑だけで、十万人近い規模の移住が可能だったとは考えない。
一九六〇年前後は、日米間の軍事協力を巡る安保闘争が激化した時期。
その中で、帰国事業は社会主義陣営の反安保闘争の側面があった。初期の帰国船として
ソ連の旧軍艦を改造した船が使われるなど、ソ連、中国の関与も大きかった。
帰国事業は、資本主義体制から社会主義体制への組織的な移住だったとみる。
鹿児島が無茶苦茶すぎるわな
明治より前から始めてて
藩主関係の寺まで完全破棄
明治になってもそれまで弾圧されてた真宗寺院がやっと新たに出来たぐらいで
もとの寺は壊したまんま
【国際】北朝鮮帰国事業60年 研究者に聞く 各国の思惑、客観的に検証を
2019年12月9日 夕刊
「地上の楽園」と喧伝(けんでん)され、北朝鮮に9万人を超える在日朝鮮人や
日本人配偶者が北朝鮮に渡った「帰国事業」の開始から、14日で60年になる。
帰国後の生活になじめず、苦しい生活を強いられた人も多いとされる。
帰国事業とは何だったのか。韓国出身で、事業に関連した政府や団体への調査、
外交資料などの研究を続けてきた津田塾大の朴正鎮(パクジョンジン)教授(政治学)に
聞いた。(聞き手・相坂穰、写真も)
−帰国事業の背景は。
一つは、北朝鮮が労働力として在日朝鮮人を必要としたとされる。
後年公開された内部資料で、日本政府も、生活保護費などの
財政負担も大きかった在日を厄介払いする狙いがあったことが分かっている。
ただ、日朝の思惑だけで、十万人近い規模の移住が可能だったとは考えない。
一九六〇年前後は、日米間の軍事協力を巡る安保闘争が激化した時期。
その中で、帰国事業は社会主義陣営の反安保闘争の側面があった。初期の帰国船として
ソ連の旧軍艦を改造した船が使われるなど、ソ連、中国の関与も大きかった。
帰国事業は、資本主義体制から社会主義体制への組織的な移住だったとみる。
本当に朝鮮人が嫌いです Part4
beチェック
1 名前:マンセー名無しさん 2019/07/04(木) 21:52:15.61 ID:qnGJgvdj
好かれる要素ないよな
前スレ
本当に朝鮮人が嫌いです Part3
http://2chb.net/r/korea/1559893335/
664 名前:マンセー名無しさん 2019/11/23(土) 14:18:53.65 ID:mpV9acbC
国民性が似てる中国人でさえも韓国人が大嫌い
665 名前:マンセー名無しさん 2019/11/28(木) 17:13:37.02 ID:yHrwmvx2
大嫌い 本当に朝鮮人が嫌いです Part4
beチェック
1 名前:マンセー名無しさん 2019/07/04(木) 21:52:15.61 ID:qnGJgvdj
好かれる要素ないよな
前スレ
本当に朝鮮人が嫌いです Part3
http://2chb.net/r/korea/1559893335/
664 名前:マンセー名無しさん 2019/11/23(土) 14:18:53.65 ID:mpV9acbC
国民性が似てる中国人でさえも韓国人が大嫌い
665 名前:マンセー名無しさん 2019/11/28(木) 17:13:37.02 ID:yHrwmvx2
大嫌い 本当に朝鮮人が嫌いです Part4
beチェック
1 名前:マンセー名無しさん 2019/07/04(木) 21:52:15.61 ID:qnGJgvdj
好かれる要素ないよな
前スレ
本当に朝鮮人が嫌いです Part3
http://2chb.net/r/korea/1559893335/
664 名前:マンセー名無しさん 2019/11/23(土) 14:18:53.65 ID:mpV9acbC
国民性が似てる中国人でさえも韓国人が大嫌い
665 名前:マンセー名無しさん 2019/11/28(木) 17:13:37.02 ID:yHrwmvx2
大嫌い >>65
薩摩藩が重税取り立てすぎたから
徳川幕府の役人が薩摩には住みたくないって言ったぐらいに 670 名前:マンセー名無しさん 2019/12/08(日) 18:03:53.85 ID:1bv8OMYj
韓国女性の平均寿命は85.6才ですが、朝鮮人売春婦の敗戦時の年齢を20〜14歳とすると
1945時の年齢 現在の年齢
@ 20才 ⇒ 95才
A 18才 ⇒ 93才
B 16才 ⇒ 91才
C 14才 ⇒ 89才
となるので、朝鮮人女性は健康のために売春すべき!!!!となるのかな
670 名前:マンセー名無しさん 2019/12/08(日) 18:03:53.85 ID:1bv8OMYj
韓国女性の平均寿命は85.6才ですが、朝鮮人売春婦の敗戦時の年齢を20〜14歳とすると
1945時の年齢 現在の年齢
@ 20才 ⇒ 95才
A 18才 ⇒ 93才
B 16才 ⇒ 91才
C 14才 ⇒ 89才
となるので、朝鮮人女性は健康のために売春すべき!!!!となるのかな
670 名前:マンセー名無しさん 2019/12/08(日) 18:03:53.85 ID:1bv8OMYj
韓国女性の平均寿命は85.6才ですが、朝鮮人売春婦の敗戦時の年齢を20〜14歳とすると
1945時の年齢 現在の年齢
@ 20才 ⇒ 95才
A 18才 ⇒ 93才
B 16才 ⇒ 91才
C 14才 ⇒ 89才
となるので、朝鮮人女性は健康のために売春すべき!!!!となるのかな
670 名前:マンセー名無しさん 2019/12/08(日) 18:03:53.85 ID:1bv8OMYj
韓国女性の平均寿命は85.6才ですが、朝鮮人売春婦の敗戦時の年齢を20〜14歳とすると
1945時の年齢 現在の年
@ 20才 ⇒ 95才
A 18才 ⇒ 93才
B 16才 ⇒ 91才
C 14才 ⇒ 89才
となるので、朝鮮人女性は健康のために売春すべき!!!!となるのかな
>>53
明治政府がムリヤリ廃仏毀釈政教一致なんかやったからおかしくなったと思うんだが >>79
それを無理から美化して過去の天皇のほとんどを批判して伝統がーとか言ってる状態面白いよね 荒らしているのはネトウヨさんかい?
明治政府にだって言い分はあったはずだろ
でも同調する者も反発する者も結局コントロールできなかった
今の君らじゃ何やってもまた同じことになるぜ
>>86
ああ、これもコンパクトにまとまってていい本だよね 首のない仏像でなくとも首のところに痕がある奴も結構ある
頭を落とされたけど保管されてて後でくっつけたと住職が話していた
明治維新の大仏希釈が一番凄かったとか
もしそれが無かったら国宝は今の3倍あったとか
鹿児島には寺がない
友人の墓も集団墓地
納骨堂に骨が納められている
墓石も寺もない
坊主もいない
>>22
豊臣以前は僧兵と百姓が手を組んで一揆を起こして
常に権力者、支配者層には目の上のたんこぶだったものを
徳川は檀家制度と仏教式の葬式強制で寺側にも上手い蜜を吸わせ百姓と手を組まないように分断させた 面白いのは政府が「やれぇ!」って言ったわけでもないらしいんだよ
乗っかってノリノリで新時代に邁進した、(多分それまではちょっと不遇な)人らがいたわけだ
お前らもぶち壊しライセンス貰ったらやるだろ日頃の鬱憤をぶつけるだろ
そこいらに何となく置いてある石碑みたいなものをよく見てみたら首のない地蔵だった
多分こういうものは全国にゴロゴロあるんだろうな
>>95
そういうネトウヨ底辺層のノリを一般論化されてもなw 負け犬チョンパヨクは宗教なんて信じてないんだろw
アカの癖にw
>>91
まあ世の中腐りきってたんだろな
今もそれに近いもんあるだろ
仏像壊すのになんか抵抗ある?
むしろ壊していいよと言われたらハンマーでおもっくそ叩いてみたいとさえ思うだろ? >>99
それ実際にやって捕まったバカチョンいたなwwwwwww 幕藩体制にうんざりしてた人々が支配者が変わったぞヒャッハーてな感じで仏閣を荒らしてまわったってこと?
明治政府が城をつぶしたのは勿体なかったな
残っていれば観光資源に大活躍したのに
明治政府「これからは神社の時代だぞー、寺と神社一緒のところは分けろよ」
神主「寺をぶっ壊せってことだな!」
って感じの流れだよな
元々は一緒だった興福寺を春日大社がぶっこわした
>>101
正解
首謀者は死刑になったけどな
今の国宝とかの制度は廃仏毀釈が原因で生まれたんだ >>101
そうだったら怒りの矛先は庄屋や大農みたいな地域の権力者に向かうはずやろ
ロシア革命みたいに 平田篤胤ってキリスト教も研究してたのかよ
やばいな
>>102
廃城令が出てたから無くなっちゃたのは仕方がない 基本的に日本版の文革やろ
まあ文革みたいなものは近代化の過程でどこでも起こるんだけど
大阪近辺の事情しか知らないけど元々建立由来がガバガバだったのはある
空飛ぶスパゲッティモンスター教乱立状態だったのを整理しただけとも言える
鹿児島では島津家ゆかりの寺を含む1066の寺院がゼロになり、
僧侶約3千人が還俗(げんぞく)させられた。
現在、県内には481カ寺(『宗教年鑑』平成30年版)あるものの、
国宝や重要文化財の仏像は1点もない。
>>110
島津って民衆に嫌われすぎやろ
どんな悪政してきたんだろ 孤児と寺燃やされた坊主が切れて二重の極み編み出したんだよね
日本で唯一寺のない村として有名な東白川村の廃仏毀釈説明
なかなか面白いよ
>>113
石高って大抵サバ読んで多めに出してんのよ
薩摩藩は90万石って言われてるけど実質の石高は少ないのよ
だから重税の藩で有名だった たかだか150年の今の世も儚いものなんだろうな ちなみに俺んちは薩摩で千年の歴史のある家だが由緒あるはずの社も祭りも廃れ竹簡などの資料は大学さんが持ってってそのままだしいろいろわからんままや 寂しいもんだわ
>>118
けど戦国時代物の漫画だと島津ってやたら魅力的に描かれるよな 柳田國男によると江戸時代の水戸藩なんかの方が余程すごかったらしいぞ(『石神問答』書簡33)
水戸学が元凶かもな
まぁヤツは明治政府の官僚だから政策批判しなかったのかもしれないが
神社は寺が管理してた
神職なんてのも坊主以下の地位
相当恨んでたのか神社の敷地の堂は全部ぶち壊されたからな
ジャップは文化財を大事にしないクソ民族
日本の文化大革命と言われるゆえんだよ
>>121
関ヶ原の戦いの島津家の戦い方は漫画向けだな
薩摩藩は重税と琉球経由の密貿易が無かったら財政破綻してたよ 国学とは仏教や儒教の影響を取り除き
思想の退行を試みた世紀の愚行
日本人の精神的空虚さの原因でもある
神仏習合の本地垂迹説は
仏が功徳を為すために神様の姿を借りて現れるとか云々
つまり仏が上で神が下
天皇も寺のお墓に入ってた
それが明治政府による国家神道により立場が大逆転
そこで神職達がヒャッハー
昔は寺が戸籍管理してたから、どっかの檀家に強制的に入らされた
それをいいことに坊主どもが民衆から金を絞りとってたのが恨まれた原因
>>128
それで宗教としてはアニミズムにまで退行してんのちょっと笑えんわ
神さんなんてみんな姿さえも失ったわけだし 廃仏毀釈と廃城令が有名だけどだいぶ後の神社合祀も酷かったんだよな
かなりの神社が取り壊されてまとめられてよく分からなくなった
>>6
有名どころの大阪や広島の首なし地蔵は大阪夏の陣で首が行方不明とか昭和の道路拡張でその辺に埋められた(捨てられた?)のを掘り返して祀ったとか一応もっともらしい理屈がついてるな
そんな由来にもかかわらず御利益満載というのがまたなんとも言えないテキトーさだったりするけど >>110
坊津の一乗院とか歴史のある寺も破壊されたから本当に勿体ない そこらじゅうに 出口王仁三郎みたいなのが闊歩してたからなw
>>132
だから縁起の立て看板に祭神は記紀の神様ですなんて謡ってたってどうだかわからない
本来の祭神は怪しい流行り神かもしれない >>45
はいデマ
「維新前後仏教遭難史論」
>故に尊位を、泉涌寺に奉遷し、宸殿を小学校に仕たら、市の公益になり、(中略)
>府知事が一面、般舟院の為に諮るが如くして、一面に官権を以て、威圧的に、強誘した
つまり皇室の菩提寺・般舟院にあった皇室の位牌は府知事の命令で泉涌寺に移され
般舟院の土地は府に没収されて小学校になった
当時の京都府知事は公家出身の長谷信篤でその後も要職を歴任し天寿を全うしている >>1
ジェームス・E. ケテラーの邪教/殉教の明治―廃仏毀釈と近代仏教って本は結構参考になるよ 明治政府としてやった事は神仏分離の徹底だから仏教迫害というよりは権現信仰の迫害
そこら辺の寺が暴徒に襲われたのはかなり地域差があるから明治政府云々より
実質的に江戸幕府の官僚組織だった時代の民衆感情によるものだろう
支配階級はこのすべてを変えようとした。天皇は太陽女神の直系の子孫であり、彼自身は地上の生き神(現神 あきつかみ)であって、自分の臣民に対して絶対的な忠誠を当然に要求できるものである、という神道の教義を主張した
http://masterlow.net/?p=2012
当時のイギリス人日本研究家の書いた内容な
浅知恵ジャップがよく分かるぞ >>135
巫女禁断令なんてのも出されて口寄せやる連中は弾圧された
巫女舞も一度ほぼ絶滅して今あるのは春日大社でやってた舞をを改良したものだ
あれは本来舞いながら神懸っていくものだからな クスリもやってねえのに踊りながらキマっていく連中なんか文明社会に居場所はないってことよ
>>142
徳川慶喜か恭順謹慎したから
戊辰戦争で賊軍方を入れなかったから >>142
あれを破壊していたらそれこそ内乱が起きてただろ
ただし廃仏毀釈の対象には某権現とはっきり明示してある 山伏のヒヨコやってる
霊媒修行をしてたけど思う所あって最近やめた
一昨年からこの世界に入ったからそれまでまったく知らなかったが、廃仏毀釈によって別の神と言う事にされてたり、調べるほどにめちゃくちゃだよ
おそらく当時は生き残りのための方便的な意味合いだったはずなんだけど、建前だけが残ってしまった
>>148
日本の神はこの仏様の垂迹です
とかいうカルトをただしたんだが? ヨーロッパの聖人の祝日もそんなもんだ
あれ元々は異教の祭日で、市の開催なんかと結びついてて禁止も出来なかったからキリスト教的な意味を与えて上書きした
>>142
彦坂ェ厚って人が中止になって守ったそうだけど
神社と寺院が混在しすぎてて簡単には分離できないとか、徳川崩壊で金がないとか
神仏分離はごもっともだけどできないって理由でがんばったのが有効だったらしい >>150
仏教が生まれてたかだか2500年
神仏はそれよりはるか以前にいて、元の状態に戻ろうとしただけだと思う
シンクロニシティ的に繫がるから時系列で考えても分からんと思う >>153
由来のよく分からない古い神をメジャーな神に祭神変更したりってのもあったらしいぞ 國學院の奴らなら分かるだろ
神道と文化再履修だけど
ずっと昔から天皇が仏に帰依して仏教の下部組織になってたのに
キリスト教に影響されて天皇を絶対神化した疑似宗教を作りました
>>154
それこそ本人(神)から直接聞くしかないと思うけどなぁ
そのための霊媒なんだろうけど、当時からしてもそこまで出来る人は多くはなかったのかもね と言うか直接神と繫がる者たちを弾圧したのが廃仏毀釈か
神社もそれで潰えたんだろうな
>>159
巫覡の類が「人民を眩惑せしめる」として弾圧されてんのに、託宣なんかにもう信憑性はないんじゃないのかい 今は神社では読まれない六根清浄大祓を読めば当時が分かるよ
天照大神が霊媒に降りて話したのを記述した内容とされている
成立がいつかは調べてないからわからんが、般若心経の内容を語ってる
>>137
でも政府は廃仏毀釈の号令は出してないやろ?
だしたのは神仏分離令やん
やっぱそっちがデマやん >>158
ウソおつ
国家神道は天皇が全知全能の唯一絶対の神だって言ってないぞ アメノウズメはなんで神仏習合の被害にあってないの?
同じ戸隠でももっと古い九頭竜は九頭龍権現とかになったのに
>>161
書いた後で思った
これ系の話してると時系列と立ち位置がグチャグチャになるんです
霊感商法的な詐欺師も大勢いたんだろうと思うね 廃仏毀釈によって明治政府が破壊した日本の伝統文化は
千数百年の歴史を誇った本地垂迹神仏習合という
日本の風土、日本の根底からの成り立ちそのものをあらわす伝統文化だった
ここが一番の肝
>>116
なんか読んでて個人サイト時代を思い出してしまうくらい
無駄に読み応えあって面白かったわ 山伏とかもさ
>>1の影響で絶滅寸前まで追いやられたからね
明治と明治以前の日本は
まったくの別物としてよい
戦後にこれがなんとか修正されたけど
それでもまだおかしいのがたくさん残っている 仏教被害者史観すげえな
戦国時代〜江戸時代なんて仏教が加害者だったのに
明治以降神道関係者は公務員みたいな扱いになって
国から給料貰ってたとかいう人がいたんだがどうなんだろか
>>163
あ?俺は>>13なんて知らねえけど?
俺はお前の書き込みがデマだっつってんだよ まあなんです
明治時代の宗教とは
仏教公伝から千数百年続いた日本の宗教のあり方、
ということはそれまでのまつりごとそのものと「まったくの別物」
これが明治時代はカルトの時代とされる由縁で
西洋を意識しすぎた結果、
そこに異様な日本がでっち上げられたのが明治という時代だったとしてよい
>>180
あ?俺は>>45なんて知らねえけど?
俺は政府が廃仏毀釈令を出したって主張がデマだって言ってるんだよ
出したのは神仏分離令な >>179
一部はそうだよ
ホレ、現在は日本会議に所属している宗教法人の神社本庁は
戦前は国家機関だったんだし
それが戦後にパージされて今も蠢いている >>176
こういうどっちが悪でどっちが正義かみたいな幼稚な二元論で物を言うアホってキモいよな
カルトかよ
事実に基づいて話をしろ >>183
庶民に恨まれてたか恨まれてなかったかじゃね? 歴史や権威や知識が集まった仏教を否定することが新しい国や価値観を民衆に徹底する基礎になった
>>4
三枚目slangのメンバーおるやんけ!
懐かしいなー 廃仏毀釈で古来の寺院の多くを徹底的に破壊し
神社習合で古来の多くの神社が徹底的に破壊され
日本の文化風習を根本から変えられた
特に廃仏毀釈で持ち出された文物は国外に流出した
>>183
県令(県知事の前身)の方針の差やね
基本田舎の末寺よりそのひとつ上の末寺20〜30抱える親寺が潰された
ただこれをやりすぎると地租とからんで一揆になる
そうすると県令の責任になって更迭される まとめて言うと明治政府が旧来の神道も仏道もぶっ壊したって事だな
そして双方に隙を作りカルトを根付かせた
15日16日は全国の秋葉神社で火祭りが催されたけど
廃仏毀釈によって三尺坊大権現(カラス天狗)が秋葉山秋葉寺を下山させられたにもかかわらず
秋葉山に登って秋葉寺の火祭りに行く人は廃仏毀釈を良く解ってると思う
廃仏毀釈は国宝レベルの文物の大半を破壊したと梅原猛が言ってるし
寺社の所領関係の資料が燃やされたことで
日本の歴史はだいぶ消えたな
よく見かけるのだと仏教系の石造物が削られて種子不明になってたりするな
首なしの地蔵とかは地震で倒れて破損することもあるからなんとも言えないけどね
部族主義は死ぬのは歴史的事実だったから1国家1宗教による
国民国家を目指さなければならなかった、それに文句があるなら何か対案があるんですかwww
という話だわな、江戸という自由の代償だよ
九条平和論があるとでも言うのかいww
廃仏毀釈ができたこと適応力とリーダーシップがすごいのだ
小さいことのエゴで発狂するだけの大義を理解せぬ豚しかいなければ、世界は白人のものだったんだよwww
国家神道という教皇〜カソリックモデルで創作された神道
従来の民衆の拠り所だった神社と寺を破壊
国家神道を道徳とする日本国民の創作
この三本建で日本の明治期に宗教改革が行われた
過去の自我を徹底的に否定して洗脳というよくあるカルト式洗脳か
>>199
部族主義は死ぬのは歴史的事実だったから1国家1宗教による
国民国家を目指さなければならなかった
まずこれが間違い
反証はその後の日本 クソパヨに歴史を論じる能力はない
統治能力も責任感もないwww
ただそれが明らかになっただけだったな
バイオ学者が100人集まったところで小池様の足元にも及ばんそれは定説
神社合祀で牛頭天王社が八坂神社だの須賀神社だのに改称させられたのも有名な話だろ
とにかく異国の神というのがよほど気にくわなかったらしい
重く見るのは日本という文明なのかそれとも宗教なのかそんなことも理解できないんですか
>>195
改めて俺に言う事じゃないだろ
俺は>>45じゃないんだから
やっぱお前がアホやん >>207
俺は中央政府が意図してたのはあくまでも神仏分離であって
廃仏毀釈に走ったのは地方政府や庶民だったことは全く否定してないのだから
なぜ>>163のようなツッコミが入るのか理解できないのだが >>208
皇国史観、神国日本の源流が本居宣長・平田篤胤の国学である以上日本国が世界で最も優れているという通念を否定する愚か者はおらんよな そもそも仏教の本質とはむ無帰依であり かたちあるものへの執着は仏教ではない、仏教とは経典も寺院もサンガもなくても成り立つのだ
無に帰依する精神の形こそ仏教であり
ほかの何物でもないwwwwww
>>209
だったら最初からそう返せばいいのに
改めて>>195を俺に宛てて書くとかやっぱお前がアホやん >>214
改めて聞くけどなんで
>そっちがデマやん
なんて書いたの?
俺のレスのどこがデマなの? >>215
政府が廃仏毀釈令を出したという>>13の主張を否定していなかったから
それに与するもののように見えたってこと 戦前、バカ政府が国家神道を外地にまで押し付けたせいで沖縄とか面白いことになってるぞ
戦前に政府が各地の拝所に祀らせたであろうアマテラスを見た最近の沖縄人の中に
実はアマテラスは沖縄由来の神で日本に伝播したって主張する奴が出てきてる
>>13
はいデマ
政府は廃仏毀釈令は出していません
出したのは神仏分離令です
どうしてそういうウソつくの? 廃仏毀釈の前に神仏習合を理解しとく必要がある。
廃仏毀釈は寺が壊されて神社が残った、というのとは微妙に違う。
現在は寺と神社は明確に別れているが、江戸時代以前はそうではなかった。
寺と神社はほぼ一緒だった。完全に区別がなかったわけではないが。
さらに仏と神は対等に習合していたわけじゃなく、仏上位だった。
仏教に神道が組み込まれていた、と言うのが近い。
基本的に仏教の世界観だった。
江戸時代の中期より前から神仏分離運動は起きてたけどね
出雲大社とかで
寛文年間に毛利氏から寄贈された三重塔が撤去されたりしてた
天皇崇拝および日本崇拝(忠君愛国教)は、その日本の新しき宗教であって、もちろん自発的に発生した現象ではない。
二十世紀の忠君愛国という日本の宗教は、まったく新たなものである。
一般の人民はなおも仏教に対して愛情を抱いていたし、一般の祭礼も仏式であり、死者を葬るところも仏寺であった。
しかし支配階級はこのすべてを変えようとした。天皇は太陽女神の直系の子孫であり、彼自身は地上の生き神
(現神 あきつかみ)であって、自分の臣民に対して絶対的な忠誠を当然に要求できるものである、という神道の教義を
主張した。
神話と古代史と称するものが同一の書物に記載され、どちらにも同じようにありうるべからざる奇蹟が麗々しくでて
いる。年代記は明白に虚偽である。古代の天皇の口から出たという勅語は、中国の古典から抜粋した寄せ集めである。
日本国民は、その支配者の超自然的美徳にあやかるところがあって、『武士道』と称して、劣等の国々には知られて
いない高尚なる騎士道によって特に秀でていると主張している。
官僚階級があらん限りの力を用いて組み立てようとしている思想の構造は、以上のごとくものである。
『日本事物誌』バジル・ホール・チェンバレン
http://masterlow.net/?p=2012 仏教は500年代に朝鮮から輸入した宗教でいかに日本の神の概念に取り入れるかで神仏習合が進んだわけよ
要は都合よく解釈したわけだけどもこの頃から仏教ぶっつぶーすとかはやってて
蘇我氏と物部氏の争いとかは仏教が原因で天武天皇日本爆誕の遠因の一つともいえる
これをうっかり別の方向でリセットしちゃったのが明治
>>218
泉涌寺に移された歴代天皇の位牌がどうなったか俺は知らないから
それは否定も肯定もできない >>118
賦役逃れで少なく申告するってのは聞いたことあるけど多く見せるメリットてあんまなくない? >>227
でも政府が廃仏毀釈令を出したってのはハッキリとしたデマなんだから
その部分を指摘してあげないのは不誠実だよね?
公平に判定するなら>>13にもその部分にたいして「はいデマ」って言ってあげないと
お前も同じになるよ 今も神仏習合時代の形を残す寺がわずかながら存在する。
豊川稲荷や最上稲荷がそうだ。
稲荷大明神はもちろん神道の神だが豊川稲荷や最上稲荷は寺だ。
神仏習合において仏教の神である荼枳尼天と同一のものとされた。
明神は権現同様、人々の救済のために現れた仏の化身である神で、両寺院とも稲荷=荼枳尼天として現れた菩薩(仏と菩薩の違いは省略)を祀っている。
もちろん参拝や儀式は仏式だ。
稲荷を参拝するのにここでは基本的に仏式でやってるわけだ。
>>229
廃仏毀釈を行った地方政府があることは事実なのでハッキリとしたデマとまでは言えない
仮にそう反論されたら俺は公判を維持できないので不起訴
ただ他人がそう主張するぶんには勝手にすればいいし俺も口出しはしない >>231
文革を批判できなくなると思ってるから不都合らしい
どっちも批判すればいいのにね >>232
明治政府が廃仏毀釈令を出したってのはハッキリとしたデマだろうよ
ちゃんと指摘してあげなさいな
お前もデマ発生器か? 歴史や伝統なんかより時の権力者のカルトファンタジーの方が圧倒的に強いってことの証明だよね
カミサマに祈るより金と権力と暴力こそが目の前にある世の中を変えるんだっていう現実を思い知らせてくれる
>>234
具体的に書くと
>>137に書いたように明治維新直後の地方政府である京都府が廃仏毀釈を行ったことは
すなわち明治政府が廃仏毀釈の号令を出したということだと反論されたら
俺としてはまあそうとも言えるなあと引き下がらざるを得ないのでそう指摘はしない
俺は勝てないケンカはしないタイプだから >>236
それは明治政府が廃仏毀釈令を出したことにはならないだろ
>泉涌寺に移された歴代天皇の位牌がどうなったか俺は知らないから
あとこれ
これなら>>45の「はいデマ」に対してそれがデマであるかデマでないかの判定は出来ないのでは? 稲荷といえば伏見稲荷でここが総本山とされるが、ここも江戸時代以前は仏も祀っていた。
江戸時代までは愛染寺という本願あり本殿にも仏像があったが、廃仏毀釈で壊される。
そしてここの管理は愛染寺のほうがやっていた。
全国の稲荷への勧進も愛染寺が行っていた。
稲荷に限らず多くの神道の神は江戸時代以前は仏教の神さらには仏と同一視されていた。
ほとんどの神社は寺院も持っていた(神宮寺)。社と神宮寺の力関係は一概に言えない。
しかし神道はそもそも本来社殿も持っておらず、神は姿もなく(絵画や像で描かれず)、呪文や修法などもなかった。
祭祀、参拝は少なからず仏式で行われていたと考えていいだろう。
廃仏毀釈のせいで神道になりました(>_<。)ヒ-ン
ってじーちゃんのじーちゃんが書いた石碑みたいなのに書いてあった
やり方は仏教っぽいけど形は神道みたいなガラパゴス神道だわ
>>237
>>13が書いてるのは廃仏毀釈の号令であって廃仏毀釈令ではない
そして
>廃仏毀釈運動した人物は何人も明治政府によって処刑されてます
に関して天皇の位牌を菩提寺に手放させた張本人ですら違うだろ
デマ書くんじゃねえと書いた 完全にまとまっていて、偏らず、
多方面の意見や説や解釈を網羅してるここら辺の本ってないかな。
神道系の本って歴史まで解説されてても浅かったり、
半分似非マナー本みたいになってるのがあって史実を淡々を語ってるのが見つからない。
>>238
>神道はそもそも本来社殿も持っておらず
纒向遺跡見ると社殿の元になってた建物があったみたいだから
それどうなんだろうね じーちゃんの地域に権現様ってのがおって、廃仏毀釈の時に当時の村の寺の大事なヤツを役人が来る前に、山の方に持ってって、廃仏毀釈を免れた
って話も残ってる
当時としては、禁忌みたいなことだったらしくて、ずーっと数家族だけの秘密で封印?してて
戦争が終わってから、村のみんなで迎えに行ったらしい
それからはその臨時避難場所が祠になってるんだけど
山の頂上にあってめっちゃ遠い
かなりの過疎地域だから、集落の過疎と共に権現様も忘れられんだろうな、
ってじーちゃんが遠い目してた
>>240
>廃仏毀釈の号令であって廃仏毀釈令
それ同じやろw
ごはん論法やめろ
同じことだから
あと>>45にその部分に対してデマと言ったという事は
廃仏毀釈運動した人物で明治政府によって処刑されてるものはいないという主張をしているように受け取れるが
お前はそれを証明できるのか? 面倒だから元の仏道に変えたら?神道からすりゃ仏なんていないんだから
>>244
いや違うが
ごうれい【号令】
1.《名・ス自》支配者や指揮者が、統率する者に命令・指図(さしず)をすること。
知事が指図してやらせたんだから廃仏毀釈の号令を出したと言えなくはない
廃仏毀釈令だと明確にそういう法令が出されたということになる
後段に関しては実例を何人か挙げればいいんじゃない?
俺は一人も知らないが >>246
いや同じだが
令
1 命令。布告。また、法令。
「令を下す」「解放令」
お前がいないって主張してるんだから証明義務はお前にあるんだろ
>>45に対して「デマ」と言い切ってるんだから 神仏習合で中身の無い神道系は日陰者で肩身の狭い立場にいてずーっとムカついてたんでしょ、
それでついに反撃のチャンス到来ってことで滅茶苦茶やったって聞いたけど
>>222
こないだブラタモリで比叡山延暦寺やったじゃんか?
アレで仏教徒がお参りするときに仏と同じ目線になるような工夫が紹介されていたように
仏教は大陸や半島を経て日本にやってくる間に
曼荼羅にも見られるカースト制は成りを潜め
平等な思想が表に立った
まあそれが更に時を経て親鸞あたりでほぼ完璧な平等思想になるんだけど
そんな仏教に組み込まれていた神道も本地垂迹説の中で
すぐそばにいる親しみのある神々として慕われていたとしてよい
その宗教観は江戸末期まで間違いなく連綿と続いていたのだが
これを物壊したのが本居などのカルトだね >>246
同じなんだが
令
1 命令。布告。また、法令。
「令を下す」「解放令」
廃仏毀釈の号令を出すってことは廃仏毀釈令を下す(出す)ってことだぞ
意味は全く同じなんだが >>245
元に戻すにしても
実は仏教と習合する以前の神道の姿はよくわかってないんだよ
これは日本に文字が伝来したのが「仏教の経典」が最初だとしていいのが原因
もちろんそれ以前にもたとえば銅鏡に文字があったりするんだけど
コレは列島内では意味がわかってなかったとされている
だから日本の歴史の記録が始まる文字文化のスタート地点には
百済などからもたらされた仏教の経典がまずあるために
列島での仏教の始まりについてはよくわかっているし
神道が仏教と一体になったあとのこともよくわかっているんだけど
それ以前のことは文字がなかったためにかなり適当で
特に神道に関してはその由来すらあいまいでいい加減なんだ
だから神道も実は弥生時代や古墳時代に大陸や半島からゃってきた宗教の可能性が
かなり高いといわれている >>246
いや同じなんだが
令
1 命令。布告。また、法令。
「令を下す」「解放令」
廃仏毀釈の号令を出すってことは廃仏毀釈令を下す(出す)ってことだぞ
つまり廃仏毀釈令を下す(出す)ってことは廃仏毀釈の命令を出すってことだぞ
廃仏毀釈の号令を出すってことと同義なんだが
お前は>>13に「はいデマ」って言ってやらないと
お前もデマ拡散機になるんだぞ >>252
文字の伝来や文字記録が一番早いのは
稲荷山鉄剣とかだろ
仏教伝来よりも前やぞ 鹿児島だからが知らんけど首の無い仏像がけっこうある
薩長は日本の西洋化を進めるために日本文化を根底からぶっ壊し、
キリスト教の代わりに神道を
イエスの代わりに天皇を無理やり国家の中心に据えて
議会政治などもイギリスをまねて
貴族制も舞踏会もイギリスをまねて
ドレスから髪型まで
なにもかもあまりにもまねるものだから
西洋ではこの頃の日本人をもんのすごく馬鹿にしていた
>>256
その説どうかと思うんだよね
映画見てると白人がイエス像に「なぜこんな過酷なことをなさるんですか?」とか言ってるシーンあるけど
イエスは全知全能の神と同一扱いなわけ
でも国家神道で天皇は全知全能ではないよね
戦前でも誰も困難に出会ったときに天皇になぜこんな仕打ちをなさるんですか?とか言わなかったわけ
だから天皇をイエスの代わりにしたってのはそれっぽいけどウソだと思うんだよね >>254
銅鏡ってかいてるじゃんか
あのね日本で文字がまともに使用されるようになったのは
まちがなく百済から齎された仏教経典が最初ですよ
これは常識
それ以前の銅鏡に刻んであるようなものとかは
あっちでかかれたもので意味はないし
その後の古墳時代のそれも
実はすでに百済から仏教経典だけは入ってるの
仏教公伝は5百数10年当たりだけど
その前に個人が百済から仏教の経典を取り寄せるブームが
あってそのときに文字を理解しようというムーブメントがおきている
その結果としてのそれ >>257
あほかおまえはw
なんでイエスと天皇を同一視しないといけないのさwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
いいかい?
日本が輸入したのはイギリス的な国家の仕組みなんだよ
国民が神として崇める対象が日本では天皇だったということ
なんでイエスと同じ宗教性を持ってないといけないと思った? >>258
その銅鏡の漢字は意味が分かってなかったってお前自分で書いてるじゃん
稲荷山鉄剣とかは雄略天皇に捧げられたもので意味が分かっていたわけ
意味が分かっているものとして文字が伝来したのはやっぱり仏教よりも前だよ >>260
説明したように
その剣の文字は
仏教公伝の約100年前におきている
百済からの仏教経典個人輸入によるムーブメントの結果として
列島国内に最初に根付いた「中国語式の漢文マター」な
文法によるものです >>259
だから天皇をイエスの代わりにしたってのはウソやろ
単に天皇の力が奈良時代の時ほどに強くなったってだけの話やん
奈良時代の時もスメラミコトとして現人神扱いだったわけで
それが明治時代にも復活しただけの話やろ >>261
いやだから
そもそも仏教の前に文字は伝来していたし使ってたよって話な
しかも意味も分かっていたよってことね
仏教によってそれが加速されたかもしれないけどね >>263
は?
日本が深くかかわっていた西洋はキリスト教社会なので
社会をまとめている宗教は「キリスト教」
その信仰対象は「イエスキリスト」であり「ゴット」です
明治政府は社会をまとめるために「国家神道」という宗教をでっちあげ
その信仰対象として「天皇」そして神社が奉る数々の神々を整理した
こういう話ですけど?
これ以上、会話がかみ合わないようだと
あとは君の問題かと >>264
仏教公伝以前に「個人が百済より仏教経典を輸入した」という歴史的事実から
日本での文字の本格的な使用が始まったということです
歴史的事実ですので覚えなさい >>266
>仏教公伝の約100年前におきている
>百済からの仏教経典個人輸入によるムーブメントの結果
稲荷山鉄剣が西暦470年頃だろ
仏教公伝が西暦550年頃だろ
それより100年前の西暦450年頃に個人輸入によるムーブメントの結果とか
それお前の妄想と違うの?
その頃の日本の個人の動向なんてわかってないやろ >>265
お前がそう思い込みたいのは分かったけど
他人にその妄想を押し付けんなって
そもそも国家により統制された神道なんて奈良時代からあるんだぞ
それがより強固になっただけやろ
お前の妄想には付き合いきれんわ >>267
いえ違いますよ
個人輸入していた人物の名前もはっきりとわかっていますよ
君さ失礼もはなはだしいというか
いい加減にしなさいよ
それと剣の文字をみた?
中国式の文法はすっごくたんじゅんだよね?
わかるよねこれくらい?
その上でこの時代あたりからしばらく続く
音を漢字に当てて字を表記する極めて単純でローカルな最初の文字表記が
行われているのもわかるよね?
それについて黄身、どういうことか解説しなさい
これ君が持ってきた資料だからね >>265
それこの前
嫌儲でクリスチャンの人自ら吹聴してたわ >>269
西暦450年頃っていうと古墳時代中期くらいだけど
その頃の人物で名前分かっている個人輸入していた人って誰よ?
古墳時代中期とかほとんど記録なくて個人の動向なんてわかってないのに妄想酷すぎないか?
あと吉野ケ里遺跡から硯が出土してるから
弥生時代から文字自体は普通に使ってたと思うぞ 調べたことないけど中国の坊さんとお寺はどうなったんだ?
ホントキチガイネトウヨの相手は時間の無駄
こんなんNGあぼーん
ということで続けます
つまるところ、
>>252でも書いたように
実は本居らが求めた本来の神道の姿なんてものは
「よくわかってない」
これが歴史的事実なわけ
あるのは記紀というファンタジーだけ
なのに明治期に神道とはこうだ
天皇とはこうだとやったもんだから
そりゃデタラメなことになった
廃仏毀釈はこんなデタラメな中で発生した文化破壊行為そのものってことさ >>271
あーやっぱりあっち系なんだろうなあ
何回も言ってれば本当になるとでも思ってんのかねえ >>271
クリスチャンは関係ないよ?
これは明治政府が西洋の国の形、統治手法を真似たという
歴史的事実の中での話しなんだし
クリスチャンはまったく真似られていないし
キリスト教もまねられていない
まねたのは「国家を統治するには宗教を使うといい」ということと
「宗教で統治する場合、信仰対象をわかりやすくしたほうがいい」ここらへんだけ >>276
あぁいや悪いけど
それはそのクリスチャンの人がレアなんよ
普通はそんなの自ら認めないから。 >>278
まあレアなんでしょうなあ
でもそのレアなのと同じようなのが上におるで
本人はクリスチャンじゃないって言ってるけど同じような人種でしょうなあ 文明開化といえば聞こえはいいが
要は西洋のモノマネ大会をやって
日本の文化を徹底して破壊する行為
その中で宗教も西洋のように修正された
その修正の結果、国家が人身をコントロールする国家宗教である国家神道と天皇が
でっちあげられた
これがどのくらいヤバイものだったかがわかるのが
戦時中ってことだね
(; ・`д・´)「さてそこにサムライ共産主義はあったか」
( ゚Д゚)「以前はまじりあう文化こそが日本文化だったが、このころからでっち上げの日本的なものが増えた」
(; ・`д・´)「これこそが敗戦の原因で、失われたうん十年の正体だ」
( ゚Д゚)「神仏混交に戻すことこそ、日本の復活の道だ」
キチガイの上にさらに顔文字キチガイも出てきたしここら辺で終わりかなあ
(; ・`д・´)「経済に当てはめるとどうなるか?」
( ゚Д゚)「ポッキー、全部の味入り」
(; ・`д・´)「混ざりあう」
( ゚Д゚)「一番おいしいコーヒーから、組み合わせて食べるとおいしいコーヒーとお菓子へ」
(; ・`д・´)「混ざりあう」
( ゚Д゚)「国際空港と新幹線の駅がくっついたらすごくね」
(; ・`д・´)「混ざりあう」
てか結局仏教公伝の100年前に経典を個人輸入していた人間の名前を知っているとか言いながらとか出せてないし
こいつ大ウソぶっこいてたんじゃねえかwww
>>282
それは無理だね
この手の国家レベルで行われる文化破壊行為は
元も子も亡くしてしまうので
文献上の歴史しか残らず
後の人々が復活させようとしても馴染みがないためどうにもならないんだ
更に日本の宗教は江戸時代までそれこそ天皇家すら仏教徒であったように
仏教がメインだったため
親鸞以降の日本の仏教の特質である死ぬ直前にナムアミダブツと唱えたら
どんなアホでも犯罪者でも救ってやんよという手軽さが現在も染み付いており
世界の宗教観と比較しても恐ろしく「おおらかで自由」
その結果として、現代日本人はクリスマスにバレンタイン
ハロウィンにひな祭り
端午の節句に恵方巻き
結婚式はキリスト教でも神道でもなんでもあり
葬式もなんもないなら仏教が引き受けるから普段は信仰なんてしなくてもいいよ
という風に「現代版の本地垂迹」ごった煮の自由な宗教観が広がっている
だから戦後、また別の形で元の自由な宗教観がスタートしているんだ これはかなり地域差あるんじゃないか?
住職がどれだけ嫌われてたかにもよるし
>>174
るろ剣の中でもかなり好きなキャラや
北海道編で復活して嬉しい(*´∀`*) 廃仏毀釈どころか、アイツらは村の鎮守の神社まで潰しまくったからな
神道ともかけ離れた、まさにカルト集団ですわ
神道とはなにかっていうのはちょっと面白いんだよ
日本の地政学的な立ち位置が神道を作ってる
(明治の)国家神道は本来の神道とは別物、とよく言われたりするけども、実はそうでもない。
つか本来の神道ってなんだ?ともなる。
神道の原型は素朴なアニミズムおよび祖霊信仰と言っていい。
創始者もなければはっきりとした教義もない。経典もない。体系化もほとんどされてない。思想とまでいかない
プリミティブなものだ。
これを神道と呼んでいいのかどうか。
まあ原始神道とする。
神道の原型なんて言ったら縄文弥生までいくからなあ
ちなみに弥生時代の開始年代は3000年前な
プリミティブな原始神道が最初に体系化が試みられるのは7世紀だ。
白村江の敗戦で日本(というか倭国)は国家的な危機に陥った。
倭国は、中華帝国を真似た天皇制律令国家日本となる。
倭国の権威は本来中華の権威に依っていた。
しかしこのとき中華と対立しており中華の権威に頼れない。
それで原始神道を体系化して政権およびその君主天皇の権威の拠り所としたわけだ。
古事記、日本書紀はそのために編纂されて神道の経典のようなものとなる。
国家制度(律令)も神道を取り扱い、ある程度国家の管理下に置かれる。
が、それがどれだけ実効性あったか、その思想?が広まったのかは非常に怪しい。
あっという間に、すでに奈良時代には神仏混合となってくからだ。
神仏混合的な現象が起こるのは実は珍しくない。
原始的な宗教、というか信仰が高度な宗教に取り込まれるのは世界中で見られることだ。
ヨーロッパのキリスト教にはケルトの信仰などに由来するものが散見される。
タイでは仏教にタイ人のピー(精霊)信仰が混じっている。
しかしケルトのドルイド教やタイのピー信仰は独立した宗教としては消滅している。
神仏混合がそのまま進めば日本の神道もそのようになった可能性はけっこうあっただろう。
>>293
それさ
神道の一側面からの推測でしかないのが重要だよ
確かに神道にはアニミズム的なもんがあるけど
それがどのように神道に取り入れられていったかなんてまったくわかってない
なにせ文献がまったくないんだから
出てくるのは遺跡の遺物だけなんだけど
それがたとえば古墳時代の祭祀関連遺物と推定されるものでさえ
神道で使用されていたと断定できるものは「ただのひとつもない」
つまり古墳時代の遺物ですらどんな宗教に使用されていたのかまったくわかってないからね 纒向遺跡から大量の桃の種が出てきたけど
多分アマテラスは弥生時代の段階で西王母(天上の女主人の事)の影響を受けて祀られてたと思うけど
つまりこれは弥生時代の段階ですでに日本に天の概念が入って来ていたことを意味する
結局弥生時代の時点で既に神道はプリミティブなアニミズムを抜け出していたと考えるのが妥当だろう
天という形而上の世界を考えていただろうから
>>297
それは廃仏毀釈の後の話だね
そこらへんとあわせるとやっぱり明治政府の意思が廃仏毀釈から介在していたと
しかいえないのさ なんで桃の種で西王母の影響かっていうと
西王母は天上で桃園を営んでいたから
ちなみに出てきた桃の種の炭素年代測定をすると
西暦135〜230年の間に食べられたものだと判定されたので
弥生時代末期だね
少なくとも弥生時代に日本列島にあった宗教の最初の名称は
魏志倭人伝に出てくる「鬼道」であることはバカでも知っているわけで
で、もちろんこの鬼道と中華で報告された宗教が
どのような宗教で神道とどんなかかわりがあったのか
もしくは関係なかったのかも「まったくわかってない」
ここまで当たり前の常識
これを超えて、古墳時代やさらに弥生時代の日本列島の神道の姿を語り始めるやつは
キチガイかただのド素人
>>302
明治政府は神仏分離令は出したけど廃仏毀釈令は出してないぞ >>302
間違いなく明治政府が裏で糸を引いていたとしてよいね 纒向遺跡もしらないド素人のキチガイがおる
しかもさっき俺をNGにしたとか言ってたのに見えてるみたいだしwww
お前はさっさと仏教公伝の100年前に経典を個人輸入していたやつの名前書けよw
さっきから大ウソぶっこいてんじゃねえぞ
ところが、再び神道に変革、体系化の動きが生じる。
より高度な教理を持った伊勢神道の誕生だ。
伊勢神道が成立した理由はいくつかあるが、その大きなひとつが元寇だ。
またもや外圧、国家の危機が神道の体系化を促したわけだ。
伊勢神道において日本は「神国」とされた。
日本は世界でも特別な神の国だという思想はおおむねここに始まる。
(神国思想の萌芽はすでに日本書紀にも見られるが)
この伊勢神道自体はまあマイナーな宗教に留まったが、その影響はそこそこ大きかった。
本地垂迹説に基づく神仏習合が大勢のままであったが、伊勢神道的な学派神道はその後いくつも誕生することになる。
そして伊勢神道の系譜、神国思想はやがて国学につながっていく。
神仏分離令が出て
神宮寺の昨日まで剃髪していた坊さんが狩装束着て烏帽子被って神主に衣替えしたという
逸話があるのはワロタ
歴史はわかっていることと
わからないことをまずは明らかにし
そしていくらなんでもこれだけ条件が揃っているなら
こうでしょうということを整理する学問
で、もちろん時の為政者によって捻じ曲げられる運命なのが歴史なわけで
では廃仏毀釈というそれはそれはとんでもない蛮行を
やらかした主犯であるにもかかわらず
歴史を捻じ曲げ知らん振りする立場にあったのはどんな勢力か?
この考え方で>>1答えは出る
ま、歴史学の基本中の基本だね >>311
神が本地で仏が垂迹だ!
って奴だよな
神主側の逆襲だわさ >個人輸入していた人物の名前もはっきりとわかっていますよ
>個人輸入していた人物の名前もはっきりとわかっていますよ
>個人輸入していた人物の名前もはっきりとわかっていますよ
早く仏教公伝100年前に経典を個人輸入していた人の名前書いて欲しいですなあ
さっきから大嘘ぶっこいてる方wwwww
>>286
ハロウィンもキリスト教がよそから持ってきただけだろw 神仏分離令だったか
太宰府にある天満宮は明治になってお寺から神社になったって聞いたことがあるな
>>317
ハロウィンを日本に根付かせたのはディズニーランドだよ 仏教離れならわかるがこれはただの破壊活動だからな
動きが組織的恣意的すぎる
>>320
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって言葉があるくらいには庶民に恨まれてたわけだから
残当よ
神主憎けりゃ幣まで憎いって言葉はないだろ >>309
タリバンがバーミヤンの磨崖仏爆破したようなもん >>320
すべての国民を司祭一致の国家神道で纏め上げ洗脳する過程で起きたことですからね 国学は地道に研究を重ねて言ってたが、大勢はやはり神仏習合であり、多くの庶民は仏教と神道をあまり区別していなかった。
というか神道は日本仏教の一部であった。(区別がまったくないわけではなかったが)。
しかし19世紀、また再び日本が大きな外圧を感じるようになってくると急速に国学的思想が広まっていく。
そして明治維新および国家神道となるわけだ。
通常、プリミティブな信仰はより高度な宗教に吸収される。
しかし日本はその地理的環境の故、諸外国の驚異を受けることが少なかった。
異国、異民族からの驚異に慣れてなかったと言えよう。
そのため列島外からの驚異、圧力を感じると強く日本が意識されることとなった。
それが異国由来の仏教ではない神道の発展を促し、仏教徒は独立した宗教としての神道を存続させたといえる。
1番(右) 初詣…明治に鉄道会社が作ったキャンペーン
2番(二) 平安神宮…平安時代からあると勘違いさせるが創建は明治28年
3番(左) 食べる時の「いただきます」…挨拶として定着したのは昭和前後
4番(投) 恵方巻…1989年にセブンイレブンがねつ造して流行らせた
5番(一) 空手…明治時代中国人を真似して、大正後半にやっと流行った
6番(中) 神社/祭り…ほとんどが明治以降に海外を真似て作られたものばかり。日本書紀か古事記に無理やり結びつける詐欺が多い
7番(遊) 日本神道…教典や教義や教祖がない。弱者救済すらない低俗なビジネス
8番(捕) 靖国神社…明治に戦争のために突貫的に作られたインチキ神社
9番(三) 江戸しぐさ…存在の証拠0。ただのマナー講師ビジネス、詐欺
日本の捏造された伝統で打線組んだ [618841698]
http://2chb.net/r/poverty/1576428092/
こちらもお楽しみくださいw 神社が明治時代から作られたとかいうアホなスレお勧めしちゃうアホハッケーン
ヨゴレを取って取って最後に残るものは何か
たいていの場合、何も残らない
いや不寛容な心・風潮だけが残る
国学も結局本来の日本的なものを見つけることに失敗したわけで
原理主義の試みは必ず良くて徒労、悪くて悲劇に終わる
つまり神道は外圧、国家の危機を強く感じたときに浮かび上がってくるのだ。
明治の国家神道はこの日本の伝統的な反応であって、西洋国家のキリスト教ポジションを真似たものではない。
もっとも平田篤胤の復古神道のときすでにキリスト教の影響を受けているものではあるが。
このように国家の危機に際して浮かび上がってくる神道は神国思想を持っている。
そして神国思想はナショナリズム、国家主義に親しいものがある。
この点、神道というのは地味に危険なものかもしれない。
そもそも国学は万葉集研究から始まったもので原理主義とは別のものだろ
「さて一町村に一社と指定さるる神社とては、なるべく郡役所、町村役場に接近せる社、もしくは伐るべき樹木少なき神社を選定せるものにて、由緒も地勢も民情も信仰も一切問わず、玉石混淆、人心恐々たり」
「かかる無法の合祀励行によって、果たして当局が言明するごとき好結果を日本国体に及ぼし得たるかと問うに、熊楠らは実際全くこれに反せる悪結果のみを睹るなり」
池澤夏樹の日本文学全集に南方熊楠の廃仏毀釈について述べた文章が載ってるのでおすすめしたい
鹿児島に従来から住んている人は大体神道
初詣も神社だし、葬式も神道式、亡くなったあとは諡で〇〇ノミコト
本州に出て仏教信者に出会いびっくりするまでがデフォ
ゲルはルックスで大損してる政治家ベスト10に入ると思う
手垢が付いていない信仰は実際に触れたら分かるけど非常に嘘くさい
そもそも宗教の本質は「何となく幸せになる」と言えるので無菌室のような潔癖は望まれてない
>>333
本居宣長の孫弟子が物凄い天皇主義者のナショナリストでその辺から変節した >>335
鹿児島は県として廃仏毀釈で最も神社が壊されたうちの一つだからね しょうがない >>333
そこから儒仏を排した本来の日本の信仰を求めたじゃないか
あなたは神道が好きだから怒っているのかも知れないが、別に原理主義は神道に限った話でもない当たり前だが
ファンダメンタリズムという言葉の元ネタはキリスト教だ 日本の伝統は神仏習合
熊野権現は阿弥陀如来
天照大神は大日如来の化身
と最澄の天台教学で森羅万象山川草木ことごとく仏心ありで神仏習合が進んだ
どこの神社も神宮寺があり、寺の支配下
寺が上、神社が下
今の神主は被差別民だった神人の子孫
廃仏毀釈は主人の寺に対する賤しい被差別神人のルサンチマン破壊運動
>>342
別に怒ってないけど
その平田篤胤は明治政府に否定されたよ >>344
原理主義の流れがあるという話をしているんだが… 今の神社神道は被差別民の歴史改変
神社にたむろしてた賎しい被差別民だった神人が
さも自分たちが高貴な伝統ある存在であるとウソ捏造を重ねてるだけ
朝鮮人の主張するバカ歴史同様
篤胤はかなりあれな人だし
宣長もがっつり学問してたが原典にない変な宗教観持ってたりした
>>345
ああそう
>ファンダメンタリズムという言葉の元ネタはキリスト教だ
じゃあこれは
だからなんなん? ワッハーブ派がクソだからと言ってイスラームがクソではないように
国家神道がクソだからと言って神道がクソなわけではない
>>296
神道と仏教の関わりは江戸初期に檀家制度が確立されたことでほぼ完成
それを国家神道の成立過程として神仏分離で無理やり分けたからおかしくなった >>347
つまり今だ国学は発展の余地ありってことだな
今国学やる奴なんて保守にもいないけど >>348
神道を狙い撃ちして攻撃してるわけじゃないと言いたかった >>200
日本は今白人の豚になってますけど
ていうか今でも大体白人の天下やし >>353
なるほど、かなり分かりにくい言い方だったな >>199
これほどネトウヨ思考回路の愚かさを証明してくれる例は無いってくらいのレスありがとう >>356
山岳信仰など
密教、修験道と仏教と一体化して切り離せないのに
神仏分離してめちゃくちゃになってる例の最たるもの
賤しい被差別民神人の子孫どもの神道ウソ歴史主張にうんざり 本来の○○文化文明を志向するほど馬鹿らしいこともない
尖らせ過ぎた鉛筆ではものは書けない
なんか書くのもちょっと馬鹿馬鹿しいけど維新政府から平田派が排斥された、
平田派の主張する国家のありかたが否定されたからって国家神道、明治維新に平田の影響がないわけない。
スレタイの廃仏毀釈だって平田派の影響大きいし。
プリミティブな信仰・宗教は普通ならより高度な宗教の普及には対抗できず、痕跡は残しても生き残ることは難しい。
神道がそうならなかったのは国家の危機にあたってその神国思想が求められたことによる。
神国思想が神道を存続させたと言えるわけで、神道と神国思想は強く結びついている。
仮に平和時にはおおむねそれが忘れ去られていたとしても、危機のときにその神国思想が強く浮かび上がってくるのだ。
影響ないわけないだろうけどその影響は限りなく小さくされてるでしょ
じゃなきゃ否定されないでしょうよ
現在だって日本の衰退にともない外圧を煽る(そして煽られる)人々が少なからず生じ、
そして彼らによって微妙に神道が持ち上げられている。
神道は歴史的にそういう性質を持つ。
1000年以上もの間日本の大勢であった神仏混合に戻し、徹底し、神道を仏教の一部にしてしまうほうがいいのではないかと思える。
>>268
奈良時代の神道って大分違うぞ
あの頃の現人神は王権神授説くらいの意味合いだろ >>346
ネトウヨ尻尾出てるぞ
廃仏毀釈について怒るネトウヨも存在するのか 結局天皇に収斂しちまう時点で思想としての可能性とか皆無だと思うがな神道
明治に入って戸籍制度を作る際に檀家制度が邪魔だった
だから人工的な国家宗教をでっち上げて仏教の影響力を排除した
原理主義を否定する文脈で言うことではないけど、原理主義はほぼ確実に伝統とは似て非なる新興宗教化するからね
現代人が「本来の在り方」と思うものは「現代から見た本来の在り方」に過ぎないわけだね
>>365
奈良時代もスメラミコトって言って天孫で現神(あきつかみ)扱いしてんじゃん
国の持っているテクノロジーの度合いが明治大正昭和ほどではなかったってだけだろ 廃仏毀釈は仏教勢力を排除するためのツールだった
違うの?
>>360
つっても欧米でもネオペーガニズムとか起きてるからな
素人が思いついたように信仰し始めるから教義とか適当になるのも同じ
ああいうのは宗教というよりナショナリズムとか民族主義の運動なんでしょうね >>361
日本の底力信仰みたいのもそっから来てるのかね この間の即位の礼で見せた雅子のドレス姿
あれが元々あった文化や仏教をぶっ壊してまで日本人が手に入れたかったものなのかね?
あの下手くそなコスプレは欧州でも散々馬鹿にされたようだが…
本当にみっともない国と民族だよ
テクノロジー?
神道を絶対化するための?
中央集権とかの話をしているのか?
排除されたのは平田派が理想とする国家観が明治政府の求める近代国家とは異なるものであったからだが。
まあ影響が大きい小さいはおいといて、自分が平田に触れたのは平田の思想がキリスト教に大きな影響受けてたというもので、
国家神道とキリスト教を結びつける上のほうの発言に対してそもそも神道とキリスト教を結びつける動きは平田のときにあったよと言ってるもの。
>>372
その通りだと思う
「やってる感」が出せれば良いんだろう
いや本来宗教はそれで良いんだが
原理主義的なのがな… >>370
戦国くらいまでは日本人全員が現人神って思想だぞ
というか奈良時代の神道と明治維新の神道が同じだと思ってる方がやべーわ
違いのわからない無教養かよ しかし未だに仏教は健在なのである
やっぱり寺はなんとなく落ち着くのだ
権力を集中安定させるための手段としてのテクノロジーってことだな
通信技術とか動力の自動化のための内燃機関とか
土木技術や建築技術、医療技術なんかだな
>>374
近代国家になるためにちょんまげ切って洋装するようになったでしょ
日本の洋装の歴史はもう100年以上余裕で経ってるよ 今までずっとやってきたしきたりをぶっ壊して、それで納得させた明治政府ってすごくない?
日本人がチョロすぎるのか、明治政府の手口がすごく巧妙だったのか・・・
権力が安定していなかったから仏教にかぶれたと?
それは違うと思うなあ
>>379
江戸時代は寺の坊主が住民の生殺与奪を握ってた
坊主は嫌われ者でもあった >>361
仏教は高度に体系化された宗教だけど
日本に輸入され長い時間をかけて中空構造の中でソフトランディングされたものに過ぎない
その結果が神仏混淆な訳であんまり神道を低次なものとするのも違うよ 宗教なんて雑多な要素にまみれてて良いんだよ
心の平穏、幸せを図るものなのだから
潔癖症は平穏とはほど遠いだろう
>>376
でも国家神道で平田のいう創造主としての天御中主なんかは採用されなかったでしょう
排除されてんじゃん
そもそも国家神道は創造論ではないし
死後の救済も結局のところ仏教に任せたのが明治政府
結局国家神道はキリスト教的な救済を持ってない
だから平田の影響は小さいでしょ
平田個人がキリスト教からの影響が大きかったとしてもね >>384
そうかなあ
多分通信の技術や移動の技術や土木技術が明治時代並みだったら
仏教倫理に頼らずそのまま律令国家としてやっていけたんじゃないのかと思っている
まあ異論は認める 平田にこだわってるけど国学者は平田しかいないのか?
明治政府が神道の国教化及び他宗教の抑圧を行なったのは確かだろう
徹底したかは別にして、その方向だったんだ
>>378
記紀に青人草とか出てくるのどう解釈してんの?
草だぞ草 アラーアクバル
チョッパリの邪教は滅びよ、が廃仏毀釈
>>390
いやそうじゃなくてキリスト教の影響として平田が持ち出されるけど
そんなのは限りなく小さかったでしょって話よ
平田自身が明治政府に否定されてるんだから
国家神道には創造主もいないし創造論でもないし
そもそも平田が求めたキリスト教的な死後の救済のようなものもない
だからキリスト教の影響は限りなく小さいでしょうってことね >>388
だから俺は国家神道に平田の影響が大きいなんて話はしてない。
小さいとも言ってないが、そもそも何を以て大きいとするかしないかもわからんし、
そんな話題に乗るつもりもない。
国家神道は神道に西欧におけるキリスト教の役割を与えたものだ、的な発言に対して、
それをおおむね否定した上で、
神道は平田のときにすでにキリスト教の影響を受けたものがある
(国家神道にキリスト教的なものを見出だせるというならその類じゃねえの)
と補足的に加えてるものだ。 >>393
そういう文脈だったのか
キリスト教の影響についての話と思わなかった 明治維新の廃仏毀釈は平田派の影響が大きい
(だから国家神道への影響だって大きい)
いや国家神道は平田の復古神道の教義とは大きく違う
(から国家神道への影響は小さなものだ)
なんて言い合いは不毛だしするつもりはないし、してもいないよ。
>>389
言いたいことは分かるが結局創唱宗教の影響はかなり受けてたと思うぞ >>394
うんまあその意見には概ね同意しよう
ただ俺個人の補足的な意見として
結局平田個人が求めたキリスト教的死後の救済や創造論なんかは
明治期以後の神道には盛り込まれなかったよってことね >>398
まあ確かに奈良時代に十分にテクノロジーがあったとしても仏教の影響は免れないだろうね
それは認めよう 歴史的に見ても民衆は平等と救済を求めるから伝統的な宗教は世相に合わせて自己改革を行ったとしても創唱宗教よりどうしても弱くなるね
どちらが優れてる劣ってるということではなくてね
>>193
なーなるほど
中間の寺は確かに真っ先に不要扱いされるわな
>>364
極論だなあ
その「徹底」は禍根を残すだろう
今、神仏分離令が禍根を残しているように 天皇「朕は神様!!現人神なるぞ!!うおおおおおおおお!!」
↓
敗戦
↓
天皇「朕は人間だしあれは神格化した政府と軍部が悪い。そもそも朕の神様設定を真に受けてたやつとかおる?おらんでしょ(笑)」
正直笑うよね
>>385
まあ確かに品行方正質素清貧に生きなさいなんて言ってる坊主の大豪邸を見ると
私もタリバンの気持ちが分かるような気がする時もあります >>402
そうそう仏教にどうしても頼らざるをえなくなるのはしょうがないんだよね
死後の救済は仏教がやってくれるから
神道は死後は茫漠とした無限に広がる闇がただあるだけだからね
そこに大国主や未だ知らぬ大神がいるっていう世界観だし
それを自分で考えて解釈しろという宗教で救済とかは特にないわけで
まあそういう意味で仏教も必要なんですわな 神仏習合はあとから見ると凄く上手い着地点にみえるんだけど
結局打ち壊しが始まっちゃったという事実はそれなりに虐げられていたかなにかで不満があったということなんだろうなあ
日本人の性質上上下関係の増長は不可避だし
>>331
ナチスもそうだったけどこの手の「うちにはうちの伝統があるからそれにのっとってやっていこう」的な建国運動って何故か成功しないんだよな
多分、国民国家を作ろうとしてるのに排外主義に走るからなんだろうけど つまり自分たちの物語としては神道って凄く機能するのよ
自分たちのアイデンティティとしてはね
これがないと西部邁みたいに死んじゃうわけ
でもじゃあ死後の救済となるとこれは仏教なんかの創唱宗教の方が強くなるわけ
そういうことに不安を抱く人はこれもまた大勢いるからね
これはどっちも必要でだから神道も仏教も必要なわけだね
そして日本でキリスト教徒が1%未満ってことは仏教が機能してるってことなんだわな
そしてそしてもしかしたら神道が仏教の影響を受けてあるいは浄土思想的なものを完全に取り込んで
死後の理想郷を高天原でも幽世でもどこでもいいけど設定するなら
次第に神道一本になる可能性もあるわな
>>382
神道ではなくて武士の話になるが、廃藩置県や身分制の改革で武家は実質全員解雇するって話になった時に
天皇が「これやばくない?武家みんな反乱するじゃん」って聞いてきたのに対して
西郷隆盛が「おいどんがそうさせません」と答えたという逸話がある
(結局各地で士族反乱は起きまくって西郷隆盛も西南戦争で死ぬのだが)
強権、というとイメージは悪いだろうけど、そのくらいの強権だったってこと まあギリシア神話みたいにエレボス(幽冥)にエリュシオンっていう楽園があるみたいに
神道にも幽世に楽園があっても別におかしくはないけどね
しかもエレボスってタルタロスに続いている地下世界
神道的世界で言えば根堅州国とか黄泉だからね
まあ神道がこの先どうなるか知らんけど
いずれそういう場所が夢想されるようになるかもしれんね
それは古代ギシリャ的かも仏教の浄土的な場所かもしれない
あるいは永遠に仏教と肘で小突きあいながら二人三脚かもしれないね
いや不満というか不安はそりゃ人間あるだろう。
特に国家の危機とか衰退時とか乱世とかそういうときにはそれが大きくなる。
そしてそういうとき原理主義的なものが広まる。
原理主義は敵を与えてくれる。不安の原因は敵がいるからだと言ってくれる、答えを与えてくれるわけだ。
そして神道(が持ち上げられるとき)ってのは原理主義的なんだよね。
仏教があるから。支配的な仏教に対して原理主義的な動きとして神道が浮かび上がってくる。
だから仏教に対する不満があったから廃仏毀釈となった、とは必ずしも言えないよ。
世相が乱れ、庶民に漠然とした不満が広がった。
そこにある意味で原理主義的なものとして神道が持ち上げられ、その神道は不満のひとつの原因、敵として仏教を庶民に提示した。
ちょっと表現が過激だけども、こういうことだと思うよ。
ちょっと有名な神社とかに行ったときに
昔はこの横の寺と一緒の組織だったんだろうな
とか気付くのが楽しいわ
>>408
そりゃ普遍的なもののほうがローカルなものよりも結局は強い。
普遍的なものは味方を多く得られるが、ローカルなものは結局は孤立するんだから。 >>389
仏教は当時の豪族の方から求めて流行った面もあるから
奈良時代にスマホがあろうが多分普通に流行ってたよ
その後で日本独自の禅とかの思想として発展していくのも多分一緒 ちな廃仏毀釈で更迭された典型的な例が
禁門の変で自刃した真木和泉の弟で久留米の神官を継いだ真木直人な
三条実美以下七卿が追放されたさい東久世通禧の家臣となって
小御所会議後三条・東久世らの帰京に随行
三条の命により隠岐の知県事として着任するも
徹底した廃仏毀釈により太政官によって更迭される
実は明治の後半あたりから
各神社独自の「祭り」も
徹底的に潰されたらしい。
これはジャップの民族学研究に
致命傷となってる。
周囲の諸国との繋がりを示す証拠が
大量に消されたことになるから
まぬけな国家神道(笑)を守るために
ジャップ古来の伝統が徹底的に抹消された例の一つ
あとまた明治後半あたりから、
ジャップ各地の「古墳」も徹底的に破壊されてる。
ものすごい数、破壊されてる。
8割近く潰したんじゃないか。
うちの近所じゃ、数百あったのが、数個にまで減らされた
天皇以外の権力の痕跡を徹底的に破壊、というヤツよ。
これでジャップの膨大な歴史資料が灰燼にきしたわけ
・・・というか、
江戸までのジャップは
「イギリスによって執念深く抹殺された」
と見るべきだろうな
それが明治維新(笑)のもう一つの本質的な側面。
ジャップをイギリスに都合のいい軍事基地に作り変えるため、
組織的、徹底的にジャップの過去を抹殺したんだな。
今のジャップにとってさえ、
江戸までのジャップは外国と同じ
江戸までのジャップの劣等ぶりを見れば、
ジャップってのは香港、シンガポール型の国家なんだよな結局
文化、文明なんてほぼ未発達の集落に
イギリスが、大量の資金を投入して、
戦略拠点を作った、ということだ。
それだけ
ジャップ=英米の軍事基地
ジャップには人間が生きてるって実感がないだろw
そりゃ国自体が、軍事基地だからだよw
>>417
なるほどね
確かに哲学面で神道は弱かったからな
そう考えると当時テクノロジーが十分に発達してても仏教も元の歴史と同じように普及してたかもね 日本は仏教の国だったのに安倍一味がそれをぶっ壊した
坊主は当時のインテリだし
ウヨ気質の明治政府には面白くない存在だったのかも
>>411
でもその死後の楽園とかがないってことは神道はそこまで発展しなかったってことじゃん
発展する前に仏教に取り込まれたんだからまあ当然なんだが
形としては神仏習合という形で仏教の思想を間借りすることで死後の世界やなんかを持っていたけど
神仏分離でそれがなかったことにされて教義も死後も世界もいっぺんに失った
とはいえ仏教も地獄なんかの考え方は他の宗教の影響を受けて作られてるから
日本の場合は仏教の考えを取り込んで神道を発展させることはせずに
仏教をそのままメインに据えたってだけだな >>429
まあデモクリトスとかが原子とか紀元前に考えちゃうやつらの神話だからな
そら楽園くらいあるさ
あとアリストテレスが元素とか考えちゃうんだからね形而上学とかも哲学でやっちゃうし
古代ギリシャはレベルが違いますわ
>形としては神仏習合という形で仏教の思想を間借りすることで死後の世界やなんかを持っていたけど
いやそもそも道教の影響があったから仏教以前に神道は死後の世界を持ってたよ
ただそこに楽園がなかったってだけでね
だから記紀に根の国とか黄泉のような地下世界が出てくる 異界の地下世界って意味ではエレボスもタルタロスも根の国も黄泉も一緒だしね
比叡山を焼き討ちにした信長は正義だった
神道とかいう新興宗教を広めた天皇一派は悪だが
>>425
薩摩は明治まで浄土宗が禁教だったりする独特の国柄なので仏教に対する信仰心がもともと薄いんじゃないの >>433
薩摩が廃仏毀釈でイキったのは
単純に明治維新の勢いでオイも明治政府にいいとこ見せたいと張り切ったバカな国学者やらが
横行しやすい状態だったからだよ 廃仏毀釈やら戦争引き起こして文化財大量焼失やら、薩長とか明治維新って本当に伝統破壊が大好きな売国奴なんだな
神道いわれても別に根付いていないな
伝統いわれてもピンとこないし
そういえば爺様がこんなことやってたよねて感じ
しかし婆様はとてもそういう事を嫌っていた
まあ男尊女卑だから黙るしかなかったのだろうけど
国学とかいう上級エライ!上級カミサマ!上級無罪!というシソーモドキに毒されてしまったのがジャップランド滅亡の起因だろう
なんせ焼かれてしまったので研究が難しいんだよな
戦国期の手紙とかは未だに解析がおっつかないほどなのに
薩摩のは隠れ念仏とか言われて浄土真宗は狩られてたけどその流れととは違う感じ
いいところ見せようって奴やね
幕末明治薩摩の国家神道の
イデオローグってだれかおった?
やけに書き込みが多いと思ったらキチガイ数匹が暴れているだけか、さすが嫌儲
国学とかいうシソーモドキで日帝は滅亡したのだ
我々はアメポチとして生きる道を選んだらしい
まあそれでも腐れ大日本帝国よりかはナンボかマシだから世話ねーんだけどな
豊臣の検地とかのあたりから、サムライ政権は、寺を役所として役人である僧侶を通じて国民を支配してきたわけよ。
明治維新でその江戸幕府が倒れ、あらたな薩長政権ができて、こちらは神道を通じて支配しようとした。
神官は教師のように役人とされ、世襲ではなくなった。
問題になったのは、修験寺のように、寺がやっている神社が多いこと。この、形式は神社だが、僧侶が神主(別当)と
いうのは都合が悪いから、仏教的なものを排したわけ。同時に修験禁止令が出された。
あるいは、真言系の修験はとくに天皇家とゆかりが深く、天皇が私兵をもつのは好ましくないと明治政府は
考えたのだろう。天皇と大衆との分離だ。
国家神道はキリスト教にしたがって理論化され、代替キリスト教的なものとなった。
しかし、その体制は未完成のまま、敗戦によって倒壊したから、日本には公式の制度宗教的なものがなくなってしまった。
儀式で天皇陛下も密教の真言唱えるとはこの頃の人はわかってなかったんだろうね
たった150年の歴史や
>>447
どこをどうキリスト教にしたがって理論化されたんだよ
適当こいてんじゃないぞ
お前(ワッチョイ 4eae-kui+)だろwww 鎌倉政権が台頭してきたとき、平家を失い丸腰の天皇家を支えたのは熊野や大峰の修験であった。
平安末期から鎌倉時代に掛けて続く、上皇たちの異様な頻度での熊野詣では誰でも教科書で
習ったことがあろう。天皇方は修験を通じて、全国に打倒鎌倉のスパイ網を張り巡らせていたのである。
鎌倉は短命で終わるが、その後の足利政権を攻撃したのも真言宗系の修験であった。
当時の寺社は多くの僧兵を抱え、多量の鉄砲を備えていたから、戦国大名よりも大きな軍事力だったのである。
織田信長が寺社を叩こうとしたのは、もっとなことである。
徳川政権になると、真言宗系の修験(大峰、三峰)はできるだけ従順な天台系に改められた。
こういう時代背景があるから教科書に真言密教の三鈷をもつ後醍醐天皇などの肖像が載っているわけである。
もともと天皇家と神道とのつながりは深いとはいえない。明治に至るまで天皇が伊勢神宮に参拝することは
一度もなかった。嵯峨天皇が空海を認めて以来、天皇家の宗旨は真言宗であった。
ここだけの話、
江戸の国学、宣長とか篤胤、水戸学とかも、
イギリスの陰謀のような気がしてしょうがない
そもそもジャップは勉強嫌い、研究嫌いだからな
あんなもんが自発的に盛り上がるはずはない
日本で最初に鉄砲の大量生産に着手したのは、大阪堺の鍛治職人および大坂本願寺だったと思う。
戦国時代に一番強力な軍隊をもっていたのは、寺社なのですよ。根来衆とか聞いたことない?
いまでもジャップの坊主は権力もっててかつ凶悪だわな
坊主に関する豆知識
・ジャップの坊主は、最悪の上流国民。極めて「凶悪」(実は皇室の血縁が多い)
・なんと中東のテロのバックには、このジャップの坊主がよくいる
・ジャップの坊主は、海外の仏教国では「正式な僧」と認められていない(資格基準がゆるすぎ)。
・ジャップの坊主の頭の中は、権力、金、女、車だけ。
・特に東西の本願寺が極悪
ちなみに、廃仏毀釈で神社も被害受けてる
蘇我氏を祀る奈良の神社は、明治時代に逆臣を祀るなと言われて
泣く泣く祭神をスサノオに変えた
京都市東部、ほぼ東の端に、
通称「黒谷」って大きな寺が山の上にあんのよ。
江戸末期には会津の連中が進駐してた。
現地で見りゃ分かるが、
もろ「砦」。軍事的な砦。
滋賀の方から京都へ入ってくる敵をつぶすための
軍事拠点なんだよな。
おなじ意味で賀茂川の西側、京都の繁華街の側にも
寺院が沢山あつめられてる(確か秀吉の政策)。
京都防衛のための軍事拠点にすぐ使えるように。
>>25
いまでも多く残ってるぞ
大寺院、大社いってみ こういう時には儒教や仏教は役に立たないのかね
そしてキチガイ神道に牛耳られる悲惨な時代が戦前
> 「 江戸時代は神仏習合の宗教観であり、天皇は仏教の頂点でもありました。
即位礼で天皇は密教の真言を唱え、手に智拳印(両親指を掌中に入れて握り、左人差指を立てて右拳で握る)を結びます。
これによって天皇は大日如来になぞらえられます。
天皇が仏教から切り離されたのは明治元年の神仏判然(分離)令によるものです。
イギリス外交官アーネスト・サトウ(文久2年 1862年来日)「一外交官の見た明治維新」
このイギリス外交官の証言からもわかる通り、江戸時代の天皇は明らかに仏教を実践しており、
それは真言宗の作法にのっとって行われていた事がわかります。
大日如来を本尊とし、智拳印を結んで真言を唱える宗派は真言宗以外にありません。<
現人神サマとかいたんでは思想もクソもないわな
今も大して変わらんが
つか寛文5年(西暦1665年)の幕府が出した諸宗寺院法度で
それまでの寺院保護政策とは全く異なり
寺院が寺請制度を利用して民衆から収奪していることを強く戒めたりしてたわけで
それに便乗して水戸藩の徳川光圀とかは寺潰しとかを慣行している
いわゆる水戸黄門である
割と寺をガチでつぶしにかかっててワロタwww
ただ潰した寺は基本的には檀家がいなかったり非合法なことやってたり
寺請制度のため、寺院が急増したことにより、宗学の研讃を積まない僧侶が大量に輩出した。
その人員の俗還のためという事らしい その幕府のお達しがでた寛文年間には出雲大社から三重塔が撤去されたりしてるから
そういう神仏分離運動や増えすぎた寺の処分なんかは度々行われてるっぽい
やっぱり坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって庶民から思われてたんだよ
仏像をはじめ仏教美術と呼べるものが多く失われたのは損失だな
文化的価値を見出した外国人によって海外流出して難を逃れた物も多い
水戸黄門が水戸藩主になってから(西暦1660年頃)処分した水戸藩内の寺はその表だと60%超えてるからな
今wiki見てみたらかなり徹底して神仏分離やったみたいだな
こういうのは日本全国で多かれ少なかれ江戸時代には既に起こっていたってことなんだよ
なぜ、修験を使ったかというと、僧侶や修験は手形なしに自由に全国を回れたからです。
この修験者を忍者の原型とみる人もいますが、私はちがうと思います。
忍者は山の民であるのに対して、修験者は基本的に海の民だからであります。
こういう宗教的な話題になるときまって登場するのが、日本会議(生長の家)の連中であります。
生長の家とはなにかというと、大本教であります。
大本教というのは、天皇を否定し、自分が本当の天皇だといった出口とかいう綾部のやくざが
起こした拝み屋宗教であります。大正時代に不敬(異端)として弾圧されました。
生長の家は、大本が弾圧されたので、もう不敬なことは言いません、天皇に従いますと
恭順を誓った裏切り派閥であります。
他にも、戦後の神道系新宗教は、ほとんとが大本系なので、不敬なので要注意です。
保守派を標榜してますが、異端です。
>>106
神道はキリスト教からもパクってるからな 的はずれな意見ばかりで草
歴史学の基礎もなく考えたところで無駄だってよくわかる
まあ日本らしいゴミのような運動だった
うちの近所にある山の上にある神社は元々行基が開いたと呼ばれる由緒ある寺だった
その寺に参る道は巡礼街道とよばれ
中山道ができる前から存在した
明治になって廃仏毀釈で仏像や仏画が二束三文で売られうちの村の名主だった人が買い集めて今はどこかの美術館で保管されていると聞く
神仏分離令があって、廃仏毀釈が起きて、
すんなりのちに「国家神道」と呼ばれる体制に移ったわけではない。
神道国教化が模索されたが、それは一度挫折した。
ここが分かりにくいところだな
葬式がけっこう混乱したらしいな
やっぱ神式だと気分でねーよ的な
>>436
かんながらの「道」を後世が宗教と定義しただけ
道教も後世が宗教と定義しても両国民とも宗教とは思ってないしな
葬式仏教がなけりゃ神式で葬儀するし中共にいくら牛耳られても中国人の大半は道教式の葬式なわけで
行動規範や宗教とは別次元の根付いたもの、根付かざるをえないものやな
両国とも無宗教気取りが糞ほど多いのにその無宗教感が既に「道」そのものという 廃仏毀釈は単に寺院が被害をこうむったというだけにとどまらない
明治政府は修験や虚無僧、梓巫女とかも廃絶した
伊勢神宮の祭祀も改変されてるしな
>>486
巫女舞も一度終わってる
今のは春日大社でやってたものの改良版
本来ならもっと神社ごとの舞があったはず 平田篤胤になると弁護がむつかしいからね、本居宣長に誘導する路線が昭和の時代から出来た。
日本会議、生長の家(大本崩れ)軍団の姑息な戦術だね。
日本会議の人に、平田篤胤について振ると、黙りこくるんだよね。
天皇と神社神道の関係とか全部崩壊しちゃうから。
>>488
春日大社もね、別当寺なんですよ。寺が管理してた。
で、明治になって、一度つぶされたんです。神仏習合だと。
奈良の鹿もその寺が保護してた。鹿をいじめると死罪にするとお触れを出して。
明治になって、その寺(藤原家)がつぶされたんで、お触れもなくなって、
奈良の人は鹿を撲殺したんです。
その後鹿は天然記念物としてまた保護されるようになった。 >>491
別当寺があっても石高が坊主(別当僧)と神官両方に割り振られてるのが普通だぞ
例えば水戸藩の若宮八幡宮では
別当僧が50石他坊主5名が合わせて40石
神主が60石他10名の社人が合わせて50石
寺側が90石
神社側が110石の割合だぞ おかげでボストン美術館には日本の宝がたくさんあります
>>493
ん? なんか気に触ったか?
廃仏毀釈の話でここまでスレが伸びるなんてお前らやっぱ面白えなあと思っただけだ >>473
ワッチョイとID変えて分身の術使おうとしたんだろw
IDは変わったけどワッチョイが変化してなくて失敗してるけど
そのワッチョイはそういうやつだってことだ >>494
あともう一つ言うと春日大社の別当寺が藤原氏の氏族が経営してると書いてあるが
そもそも春日大社の宮司も藤原氏が担当するのが内規になってるから
別当寺が潰されたとしても春日大社に吸収されただけだろ >>491
あともう一つ言うと春日大社の別当寺が藤原氏の氏族が経営してると書いてあるが
そもそも春日大社の宮司も藤原氏が担当するのが内規になってるから
別当寺が潰されたとしても春日大社に吸収されただけだろ もう日本は経済破綻する寸前だけどさ
「その時」が来たらカルト日本会議に属している神社は恨み募った庶民達にどんな目に合わされるのか楽しみ
神主とかいって調子こきまくってるカルト達も徹底的に族滅しないとね
>>502
一般的にはそこまでヘイト集めてないと思うけど
国家権力と結託してたっかい寄付金強制徴収ぐらいやらないとな >>10
抵抗して殉死とかした人もあまりいないみたいだし
かなり軽いノリだったみたいね >>501
だから明治政府が廃仏毀釈させてないだろって
明治政府は廃仏毀釈令を出していない
分かったら>>13に「はいデマ」って言ってやれ >>505
明治政府は廃仏毀釈させている
中央政府の意図は神仏分離だったが廃仏毀釈に走った地方政府もあった
中央政府も地方政府もどちらも明治政府であることには変わりはない
その一例が>>13
よってデマではない >>506
でも真木直人みたいに廃仏毀釈をして中央から処分された人もいるでしょ
明治政府は廃仏毀釈令を出していない
だしたのは神仏分離令だけ
分かったら>>13に「はいデマ」って言ってやれよ >>489
儒教の毒とか言いながら教育勅語を信奉する連中だしなあ ジャップの国学は朱子学だろ
論語読みの論語知らずとはよく言ったもんだ
だから支配者層にとって論語を解釈した奴はマジで邪魔なんだよ
だから儒教を必要以上に嫌うんだそういう連中は
薩摩藩では禁教だった浄土真宗が廃仏毀釈後の鹿児島で
浄土真宗王国となったのは皮肉な話。
>>511
じゃあ廃仏毀釈が起こって良かったじゃん
ヤッタネ! >>123
岡倉天心に触れてんのこいつだけとかマジかよ。終わってんな嫌儲 神社の起源調べると
そんなものがないってのがわかる
つまり最初から神仏混淆の状態だったということ
>>510
徳のない君主は滅ぼされて当然って思想だからな
本来の儒教は
君主に苦言を呈すのが忠臣で、それを受け入れられない君主はバカ
ジャップ上級には耳の痛すぎるお話だ >>515
一方だめな主君を見捨てず殉死するのが忠臣とされる日本
どこで間違ったんやろな >>502
それがあるから
「上流国民」は「上流国民」という言葉を
恐れてる。
上流国民=明治でのし上がった連中の子孫
天皇を頂点にしてな。
この理解を普及させたい >>22
明治政府がカルトだった何よりの証拠なんだよ >>519 訂正
聖徳太子 X
蘇我氏 ○
聖徳太子(架空) ◎ 冠位十二階も朝鮮の身分制度を元に
儒教の徳の名で決められたものな訳で…
というわけで、江戸末期まで天皇家の宗旨は真言宗だった。
即位の礼もその真言を唱え、印をむすぶ形で、仏式で行われていた。
天皇が伊勢神宮に参拝した例は明治時代までない。
神仏習合の熊野や大峰には中世の上皇が繰り返し参拝している。
江戸時代には真言系修験(天皇の私兵)は幕府に弾圧され、天台系に改められている。
(ちなみに江戸幕府が最も優遇したのは政治性の少ない禅宗である)
明治初期には、神仏習合の山神社(別当寺)は破壊され、修験禁止令も出ている。
法律で僧侶の妻帯は不処罰とされ、寺領も奪われる中で、
僧侶の大半は還俗。日本の出家仏教は明治時代に滅んだ。
(当時の維新政府が仏教を嫌ったのは、江戸時代までの律令国家では末端の寺が
役所として機能していたこと、仏教が中国文明とつながりが深く、欧化政策、富国強兵の
阻害要因になると考えたからだろう)
という風に、本来の天皇家が信仰していたのは真言仏教(空海)だが、
明治維新以後は、維新政府の推す国家神道に強制改宗させられた形といえる。
このイデオロギーを作ったのは平田篤胤だが、そのいわゆる国家神道は、
敗戦後GHQによって禁止され、日本は事実上、制度宗教のない国になってしまった。
大戦中もっとも戦争協力が目立ったのは、(出家宗教ではない)浄土真宗と
日本キリスト教団である。
大戦のイデオローグだった大川周明は日本独立系のキリスト教徒(キリストは岩手で
生まれた)であり、北一輝、石原莞爾は熱心な日蓮宗徒であった。
現在右派勢力とされている日本会議の母胎は、神社神道と大本系の新興宗教
(生長の家、真光教団など)である。日本会議は小泉政権以降の自民党を
支持している。
ただで教えてやったが、授業料払いたかったら払ってもいいよ。
今上天皇は、登山好きとして知られているが、もちろん上記のような歴史を知ってのことでもあろう。
天皇が登頂した山は100座を越えるが、陛下自ら修験系の山をことさら選んで登ってきたと言明されて
おられる。登山家、山好きの人が天皇好きであることを知っておられるのであろう。修験者というのは、
もともと山の民ではなく、海の民、都会の人間である。都会の人間が山に入って修行するのが修験である。
修験者は、もともとの山の民、猟師とか忍者とかアイヌとは異なっている。出自としては海の民であり、水軍や
北前船の船員が各地に伝えた。基本的に在家であり、山に入ったときのみ仏教の戒律を守るという形が
一般である。
明治維新以後の近代日本では、出家宗教というものは社会にほとんど影響を与えていない。また出家と
いう形をとる教団は日本では、カトリック教会かオウム真理教くらいなものであろう。しかし、在家という形で
生きながらえた各宗派の宗教性は現在でも大きな社会的影響力をもっている。
もちろん、このような事情は日本社会に限ったことではなく、西洋の社会とて同様の現象はある。
>>522
江戸時代には真言宗(醍醐寺)当山派の修験がありまして
明治になるまで健在でした >>527
日本語だよ
梓巫女(梓弓という祈祷用の弓の弦を鳴らして祈祷する巫女)、市子(死者の霊を呼び出す霊媒、イタコ)、狐下げ(狐落ち、狐憑きになった人を除霊する祈祷師)、
玉占(これはどういう占いか知らん)口寄せ(イタコみたいなもん、神霊に憑りつかれてそいつらの言葉を代弁する)等の所業で人々を惑わすことは今後一切禁止するので、各地の官吏はその手の行為を厳重に取り締まりなさい
という教部省の明治6年の通達
巫女舞というのも手に持った鈴を鳴らしながらクルクル回ってトランス状態になり、神霊に憑りつかれて託宣するものだった >>529
文語体って取っつきにくいよね
見ると頭が拒絶反応起こすw >>528
明治維新で神聖且つ高貴な日本の霊性が損なわれたんだね(´・ω・`)
これの序盤、巫女さんが手に持った棒で叩いてるのが梓弓だろう
手を握って喋ってる時は神霊が降りてるんだろう 巫女さんというと可憐なイメージだが実際はこんなもんだ
>>528
春日大社は寺だからな。
おれは巫女とか詳しくないが、いわゆる出雲系は黄泉の国とか、スサノオで、大本連中も
あやかってるくらいだから、神がかり的だったのはそっちだろう。 結局明治でいろいろぶっ壊した連中が日本の伝統の継承者を名乗る資格なんてないわけだ
寺がめちゃくちゃ嫌われていたからその反動で起きたというのは絶対に学校では教えない。
現代より江戸時代の歴史観のほうがマシ
皇国史観で帝大の糞がいまの日本の歴史を創作してしまった
>>538
「こうあるべき」という理想を優先させて現実を破壊するのは日本に限ったことでもなくて
古代ギリシャの彫刻などは絵の具で塗られてカラフルだったんだけど「西欧文明は古代ギリシャ・ローマ文明の正統な後継だ」「古代ギリシャ文明は白亜の文明だ」という認識が広まった結果、大英博物館の収蔵品が研磨されて白くされる、という事件も起きた
「白亜の文明であるべき」という理想に現実の方を無理やり合わせちゃったんだ 朝鮮からも遥かに遅れてて、
19世紀後半になっても、
ろくに「靴」さえなかったジャップが、
維新で一挙に自力で近代化!
とか信じれるかよw
植民地化だよ、植民地化。
ちょっと考えればすぐ分かるだろ
戦前の黒沢映画、姿三四郎などを見ると、僧侶は元士族で老師という感じで描かれている。
この時代には、チベットの宗教などはラマ教と呼ばれて、エセ仏教として馬鹿にされていたのに、
今ではチベット仏教として、本物の仏教として珍重されているのが不思議。
チベットはモンゴルと同じく羊産国で、ラマが羊工場を経営していて、
羊を殺しまくっているんだけど、一方で蚊を殺してはいけないとか
言うそうな。もちろん羊や牛を食う。
河口慧海なんかもその辺の矛盾はどうなるんだと指摘
していたけど。というかなんで牧畜国が殺生をいましめる仏教を
受け入れたのか不思議。
>>539
嫌われてたというか「幕府=寺」そのものだからな
寺が地方の役所機能を果たしてた
逆に言うと家康は識字率が高くて建物や土地のある宗教権力をそのまま幕府支配下の役所として組み込んだ
宗教を国家的枠組みに取り込むことで近代以前にありがちな世俗権力と宗教権力の闘争を終結させた
神仏習合&公武合体してた江戸時代から脱却する時に生まれた維新の活性化が、国家神道と廃仏毀釈に転換されるのは日本の進行方向としては予測できる方向と言える
もし西洋列強の支配する植民地になってたら両者まとめて廃仏毀神運動になってる
そしてお前のレスは「寺も神社もめちゃくちゃ嫌われていたから〜」となってただろう 伽藍壊したり、燃やしたり、仏像の頭部を的にして鉄砲の練習したり
あの時代は楽しかったなぁ。
日本は天皇陛下を頂点とした神道の国だからね。
耶蘇だの仏教だの外来の邪教は、天皇陛下の正道から目をそらせる
悪魔の策略なんだよ。
>>548
その天皇自体が中国皇帝のパクリだけどな 西軍に媚びて藩内から寺が消えたという
岐阜の小藩苗木藩
つまり、チベットの一般の人は動物を殺して生計を立ててるわけだ、
チベットは神権国家なので、貴族や地主が僧侶なわけだ。
ラマ貴族が牧場を経営しているといっても、自分で羊を殺すわけでは
ないだろうから、ラマは殺生をいましめる道徳を説き、
一般人にはおまえらは罪深い、救われないと支配してきたんだろうな。
チベットというと、みんなラマを尊敬してるように言われているけど、
実際にはダライラマなんて奴隷王だといい切るチベット人もいるんだよな。
物事は一面からばかり見てはいけない。
マスコミは一方の立場しか伝えないので、妄信してはいけない。
>>546
江戸時代までの僧侶は基本的に元士族なんですよ。
士族しか漢籍の教育を受けていないから、お経読めません。
僧侶は元サムライなんで、当然剣術も出来て、だから寺は強力な
軍隊を抱えていたわけで。剣術や槍術も寺が継承してた。
薩摩の示現流なんかも、京都の知恩院で千葉の僧侶から
手ほどきを受けた剣術を家臣が持ち帰ったものとされています。 >>549
日本が嫌いなら日本から出ていけよ、ゴキブリ。
日本イコール天皇、これは真っ当な教育を受けた日本人なら当たり前の事。
ま、穢便器にゃ分からんだろうがね。 これはちょっと思いつきなんで、定かではないんですが、
織田信長は比叡山を焼き討ちしたり、大坂本願寺を攻めたりしてますが、
宗派関係からいいますと、織田信長は平家の末裔を自称してたんで、
天皇家、平家も含めて真言宗ですよね。
真言宗と比叡山延暦寺、天台宗は密教でのライバル関係です。
平家が台頭する前に、京都の町で比叡山の僧兵たちが暴れまわって、
それを若き平清盛が平定する場面がドラマにもあるから、ちがう宗派なんです。
浄土真宗もちがう宗派です。
織田信長が真言宗の寺を攻めたとは聞きません。
信長は神仏をも恐れなかったとありますが、単にちがう宗派だったから気にしなかった
だけかもしれませんね。
>>553
軍隊って基本的に寺から生まれてるんですよ。
西洋の騎士や軍隊もそうです。
日本の僧兵と同じように、西洋の修道院にも修道騎士というものがおり、
これが世俗化したのが、宮廷騎士なんですよね。
プロイセンを建てたのは、この修道騎士団なんです。
だから、軍隊=修道院です。
日本陸軍はこのプロイセン軍を手本にしたので、
兵営がどこか修道院的なものになりました。
軍隊を中央と呼んで、一般社会を地方と呼ぶなどその最たるものです。
兵隊は一種の僧兵であって、入営することは一時的に出家する
みたいなイメージがある。神軍と称したのもその辺のことかと。
これに対して、アジアの軍隊は基本的に家族連れで、軍隊の後を
兵士の家族が鍋や釜を持ってあとを追って行進していくみたいな図があった。
日本でも戦国時代くらいまでは女房連れで戦に行くは
ままあったみたいですけど。 >>556
あまり聞いたことのない珍説だね
騎士修道会の誕生以前から騎士はいたよ 国衙軍制における郎党ってどこの僧兵から生まれたの?
その考え方をすれば家族的な日本の軍隊ってのは関東の坂東武士が発祥だろうな
>>559
武家は「家」がついている通り家族を擬制してるからな
徳川幕府も徳川の家と私領を治める組織
奈良時代や平安時代のような専制かつ律令の国家ではないので
軍隊も私軍の集合体が基本 神仏分離というのは神仏習合する以前の純粋な神道の姿を取り戻すという思想の下に行われたということだな
神仏習合というのは奈良時代から始まっているので明治の時点ではもはや千年ちかく経っているということになる
平安時代に僧兵が神輿をかついで強訴したというのは有名な話であるが長いこと神仏習合の時代が続いたということだ
>>555
そもそも信長は単に自分に逆らう勢力を叩いただけで宗教がどうのとかそんなにない 千年近く神仏習合の時代が続いたので明治になって神道を純粋化しようとしても
実のところはその原始神道の姿はよくわからないというのが実相だ 文献を元にして復元しようとしたのだ
でも儀式なんかは実は仏教と習合していたので想像にすぎないという
我々が今見る神社なんかの儀式や儀礼なんかは明治になって復元されたものということだね
江戸期にはだいたい神仏習合してたので仏教と密接な関連があったのだ
いまある神道はある意味新興宗教ともいえる
>>562
>平安時代に僧兵が神輿をかついで強訴した
ああ、それそれ。NHKの大河ドラマでもやってた。
>>563
でも、もし信長が、天皇家の菩提寺であり国家宗教だった真言宗を叩いていたら、
天皇を担ぎ出してくることはできなかったと思うよ。
皇族の多く(天皇以外の男子)と上皇はみな真言宗で出家しているわけだから。 仏教を日本に導入したのは天皇だよね、
鎮護国家仏教。
神社とか神道なんてそもそもそんなものないからな
はじめから
記紀神話がスタート
仏教の威光を当て込んで混淆させたと思われ
(; ・`д・´)「混ぜることが大事なんだぜ」
( ゚Д゚)「そうですね。極右や新党カルトのおかげで日本はめちゃくちゃです」
(; ・`д・´)「ジャップの極右化のせいで本来の日本の特性が失われてしまった」
( ゚Д゚)「イエス!共産主義」
(; ・`д・´)「既存のものを組み合わせたりすることで日本製品の魅力が生まれたわけだ」
( ゚Д゚)「組み合わせですよねえ。多様性ですよねえ」
(; ・`д・´)「組み合わせを探すことすらしない。むしろピュアーとか言って排除しようとする」
( ゚Д゚)「何がピュアーだ。ぼけ」
(; ・`д・´)「混ざり物を大切にしたいですね」
( ゚Д゚)「丼文化に期待するしかない。トゥーインワン。オールインワン」
この想像によって復元された、あるいは新たに創造された神道ということは
天皇制についても同様なことがいえる 江戸期以前のものを観念的に改変が行われている
>>571
明治以前には、国民は天皇の赤子である、というような関係性には無かっただろう
そもそも国民という概念がないし
明治期以後の天皇は、国民国家形成の為に国民を統合するツールとして存在している
それまでの体制下の天皇とは違って当然だ 中世においては神道と仏教はほぼ一体化していた
後醍醐天皇のブレーンの北畠親房の神皇正統記なんか読むと
仏教的世界観と神道的世界観が一緒に述べられていて妙な気分になる
ついでに儒教の思想まで入ってて悪王は退位させられて当然みたいなことまで言ってたりする
原初の純粋な宗教の姿を復元するというのは文献を元にするわけだが
しかしその動機は学問的客観的な態度に基づくというわけではないことに注意すべきだろう
あくまで宗教的な動機に基づいて文献を解釈するということ これはキリスト教原理主義だろうが
イスラム原理主義だろうが神道原理主義だろうが同様だ
>>573
つまり上皇ののたまう「伝統的な天皇」像なんてものは端から存在しないわけだ 往々にして宗教の原初の純粋な姿を取り戻す的な運動は狂信的な傾向を持つといえよう
汚物は消毒だーみたいな
国学の本居宣長の古事記の解釈学も実はその動機は学問的なものではなく
日本古来の純粋なるものの探求というのが彼の動機であった
それは彼が唐ごころについて口汚く罵り、大和心を主張していることでわかる
宣長は源氏物語や和歌の研究(源氏物語玉の小櫛・石上私淑言)を通して、
人間のあるがままの感情を、善悪の倫理的な判断に及ぶことなく、
そのままに肯定すること(もののあはれの説)が、文学ひいては人間のあるべき姿であると考えるにいたった。
これは、当時の社会にあっては、文学を儒学的(特に朱子学的)なドグマから開放する極めて先鋭な文学意識であり、
後世の国文学研究に大きな影響を与えたが、宣長はこうした発想をさらに
日本尊重・中国文化排斥の方向へと拡大し、「やまとごころ」と「からごころ」の対比によるその思想体系を築きあげた。
宣長にあっては、漢意こそは上代以来の日本の優れた人倫や文明の健全なる継承を妨げる障害であり、
いかなる場合にあっても排撃の対象として極めてマイナスの評価しか与えられていない。
漢意は、中国や中国人からの移入によるだけではなく、仏教や儒学によって、
日本人は知らず知らずのうちにその影響を蒙っており、そこから離れて日本人本来の心性
(やまとごころ。そのもっとも純粋なあり方が上代における日本人の精神生活である)
を取戻すことが重要であると宣長は考え、後期になると漢意をやまとごころによって克服することの重要性を訴えるあまり、
馭戎慨言のような著作を生むに至った。
https://japan.fandom.com/wiki/%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%94%E3%81%93%E3%82%8D 幕末に尊皇攘夷のオウム真理教みたいなやつが一大勢力になって国家転覆したのが明治維新とか言われているやつ